メメント・モリ

Magic.4 隔てを眠らすベルスーズ
 一つ一つ単語を句切りながらも、両手を使って“来て”というジェスチャーを同時にとれば、オレンジの少年は狼狽えながらも何度もokayを繰り返して目の前までやって来た。okay(構わない)を連呼されるのは少しムッとしないこともないが、きっと単語の意味を理解していないだけなのだろうと気持ちを落ち着かせる。
 11……いや、12歳くらいでしょうか。そんなことを考えながらも杖先をまっすぐ彼に向け、特に振らずに翻訳呪文を口に出す。髪と同じ色をした明るい瞳は杖先をじっと見つめて離さない。簡単ではないが、特に光が出るわけでもない地味な呪文だ。見てても面白くないでしょうに。


「――これでどうですか?」
「お!? エッ! 英語じゃなくなった!?」
「逆ですね。あなたが英語を理解し話せている、というのが正解です」
「おれが!? 英語!? でもおれ英語なんて自慢じゃねーけど全然わかんないぞ!」
「でしょうね。『来てください』も聞き取れてないようでしたから」
「手クイクイってやってくれたから呼んでるのかな、って! すっげー! 本物の魔法使いみたいだ!!」
「……みたい、じゃなくて魔法使いなんですよ」
「本物なのか!?」
「あなたのお仲間さんの表情でわかりませんか?」


 ほら、と彼に周りを見渡させる。大きな人から小さな人までいたが、顔に貼り付けられた表情は一様に驚愕だ。


「なんで驚いてんだ?」
「あなたが突然英語を話し出したからですよ」


 今なら英語の試験も満点とれるでしょうね、と付け足せば、少年の目が分かりやすく輝いた。ツキシマ! おれ英語話してる!? とブロンド髪の青年に嬉々として話しかけているものだから、翻訳呪文を使って良かったと安心する。
 そして眼鏡の彼はツキシマと言うらしい。どうだ!? どうだ!? と詰め寄る少年の額を指で弾いていた。地味に痛そうな音が鳴っているけれどあれは大丈夫なのだろうか。数秒して、初めて見たその行為の新鮮さについ見入ってしまったことに気が付き、小さく咳払いをする。……不躾なことをしてしまいました。


「あの、」
「おれか? おれは日向! 日向翔陽! ええと……ショーヨー・ヒナタ! 好きな食べ物は卵かけごはんで、」
「ええと、自己紹介ありがとうございますヒナタ。卵かけごはん……? というものが少し気になりはしますが、それはまた後で聞かせてもらいますね」


 放っておけばいつまでも話していそうな勢いのヒナタの言葉を遮って僕の声を通す。少なくともヒナタはレイブンクローやスリザリンではなさそうだと頭の隅で考えた。


「ねえヒナタ、いきなり変なことを聞くようですが、ここは何という国ですか?」
「? 日本、です、けど……」


――日本(ジャパン)。つまり彼らはジャパニーズということですか。何故極東の島国に……?

 イギリスは多民族国家と言えど、少なくともホグワーツで日本人は見たことがない。けれど英語から日本語への翻訳呪文なら知っている。ホグワーツ、ダームストラング、ボーバトンなど、世界には優れた魔法学校が11校あるが、日本にもそのうちの一つがあるからだ。……たしか名前はマホウトコロだったでしょうか。生徒数こそ少ないものの、優れた学力と飛び抜けたクディッチの実力があると聞いている。


Finito Incantatem(フィニート・インカンターテム)


 呪文よ終われ。ヒナタへ再び杖を向けてそう唱える。不思議そうな顔をして口を開いたヒナタの口からは先程までと同様、聞き取ることのかなわない言語が流れ出した。……本人だけは気付いていないようですが。
 次に自分のこめかみに杖先をあてる。そういえば英語から日本語への翻訳呪文を実際に行うのは初めてだ。日本語を話す知り合いなどいないから、というきわめて単純な理由。知識としておさえておいただけのそれに少しの不安は付きまとうが、他の翻訳呪文と同様の感覚で構わないだろう。
 もとよりヒナタに翻訳呪文などかけず、ツキシマにさっさと国名を訊いていればよかったと回り道を後悔する気持ちもありはする。けれどあそこまで必死に話しかけられているなかであれ以上無視をするのは流石に僕と言えど心が痛まないわけでもないのだ。結果的に喜んでもらえたのだから良しとしよう。


「ツキシマ、先ほどはありがとうございました」


 試験(テスト)代わりにそう言うと、彼はぎょっとしたように一瞬目を開いた。日本語話せたんですね、とやや非難の色を含む言葉に正しく魔法がかかったことを知る。何故はじめから話さなかったのだと語らずとも金の瞳が訴えているツキシマに、まずはゆるく首を振った。


「ヒナタにかけていた英語への翻訳呪文を解いて、僕自身に日本語への翻訳呪文をかけたんです。貴方がたが日本人だとは知らなかったので先程までは自分にかけられなくて」
「翻訳呪文?」


 色素の薄い髪の男がきょとんとした表情で僅かに首をかしげた。灰色、というよりも鼠色と表現したくなるようなあたたかみのある色。


「文字通り、言語を翻訳させる魔法です」


 僕が話した言葉は貴方がたには日本語に聞こえ、逆に、貴方がたが話した言葉を僕は日本語のままに理解できます。英語に聞こえているわけじゃありません。僕の言語能力に日本人のものを付け加える魔法、と言った方がわかりやすいでしょうか。
 そう説明していくと、灰色の男性は「なるほど」と顎に手を当てて頷いた。理解が早くてありがたい。


「……いやいやいや『なるほど』じゃないっスよスガさん! 魔法って!!」


 ファンタジーじゃないんスから!! shaved head(坊主頭)の男が噛みつくように叫んだ。彼の勇猛果敢な姿を見たわけでもないが、彼は十中八九グリフィンドールだと即座に脳が答えを出す。
 そして、マグルが魔法使いの存在を知らないのも無理はない。一族の者から魔法使いでも出ない限り、知っているほうがおかしいのだ。それは、魔法界が厳重にマグル界から隠されているからであり、もし魔法を見られた場合はその場で魔法使いが忘却術、Obliviate(オブリビエイト)を使うか、忘却術士が魔法省から派遣され、記憶の修正が行われる。
 だから、知っているはずがないのだ。


「でも田中、お前もさっき日向が英語で話したの見ただろ〜? なによりそのローブ、スリザリンだべや」


 なっ、とスガと呼ばれた男は僕のほうを見て朗らかに笑う。信じてもらえるに越したことはないが、こうもすぐに信じてもらえるとは思わなかっ…………


「…………Sorry(今なんて)?」




(「How do you know(なぜ知っているんです)?」)


― ― ― ― ―
*補足

・<ベルスーズ【berceuse】>
 フランス語で子守歌。主人公はイギリス人なので英語でのララバイ【lullaby】も案にありましたが、ブラック家の家訓(Tonjours Pur純血よ永遠なれ)がフランス語であることからフランスにルーツがあるのではないかと推測されているため、今回のタイトルはフランスさんにお世話になることにしました。

・<okay(ok)>
 日本語ではポジティブな意味合いが強いですが、実際は悪くもなければ良くもない、という許容範囲の際に使用するそうです。問題ない、とか。

・月島が日向にしたのはデコピンです。日本独特のものなので外国の方がはじめて見るとぎょっとすることもあるそうです。

・<翻訳呪文Translation Charm
 ハリー・ポッター原作・映画ともに出てきたことがない創作の呪文です。二次創作ではよく見かけるかと。Translation Charmは私が勝手に英訳をあてただけなのであまり深く考えないでください。
 公式で登場したことがないため、他サイト様と勝手が違うと思います。相手の使用言語を知らずとも杖を振ればなんでも訳せたり、魔法道具を身に着けることで言葉が通じる……という設定が多いような気がしますが、当サイトではわりと厳しめにいくことにしました。魔法にも理論やらなんやらあるっぽいので、きちんと縛ったほうがいいかな、と。原作者がレギュラスをとても賢い男であると語られていたので彼にはそこを知識で補ってもらいたいですね。

・<shaved head(坊主頭)
 坊主頭(スポーツ刈り)の単語調べには結構苦戦しました。
 buzz-cut、crew cutなどが候補にありましたが、buzz-cutはバリカンで刈った髪形を全般的に表し、多少長さのバリエーションがあるニュアンスだというのと、アメリカ英語であることから使用を避けました。
 crew cutは上のほうや前髪を少し長めに残したちょっとお洒落なものとして使われることが多いそうなのでshaved head(shaven head)を使用いたしました。素人知識なので大目に見てやってください。

・最後の「なぜ知っているんです?」ですが、外国の方が“なぜ”と具体的に理由を尋ねたいとき、どのようにして知ったのか、という出所を求めるらしいのでWhyよりもHowがふさわしいそうです。

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