「……っくしゅん」
ふるりと体が震える。空はうっすらと赤く色付き始めていた。どうやら長いこと寝てしまったらしい。立ち上がって砂や塵を落とす。
「
どうしたものかと悩んでいるうちに、何かが強く叩きつけられるような音や掛け声の響く建物の前へと辿り着いた。聞こえてくる音に釣られてやって来たはいいものの、近くまで来たら思った以上にそれは迫力があった。どんなことが行われているのか想像もつかない。
ギギ、なんて金属音と共に恐る恐る扉を開ければ、突如耳もとで何かが破裂したような音がして、握っていた杖を思わず手放してしまった。肋骨という牢の中でそれらを砕かんとするほどに心臓がバクバクと暴れている。
どうやらボールが勢いよく壁にぶつかった音らしかった。にしてもどれだけ乱暴に扱えばそれだけの音が鳴るのでしょうか、なんて考えながら勢いを失ってコロコロと離れていくそれを目で追う。まるでブラッジャー――クィディッチの試合で使われる四つの玉のうちの二つ。フィールド上を暴れまわり、僕たち選手に襲い掛かっては箒から叩き落そうとする厄介な剛速球――のようだ。
「――――! ―――――!! ――、――――――――――――――!?」
赤毛と呼ぶには明るい、オレンジ色の髪の毛の少年が僕を指差して何かを叫んだ。その後も何か大声で話してはいたけれど、生憎聞きとれず。東洋の人間だろうということしか判断はつかなかった。
手っ取り早く僕自身に
英語に変える翻訳呪文は使えるため、相手にかける分であれば大丈夫なのだが。
しかしマグル(と思われる)の面前で魔法を使用するのは魔法界の掟に反するのだ。行き詰まりを感じつつも、とにもかくにもまずは落とした杖を拾うのが先だろうとどこにいったのかと周りを見渡せば、建物内に転がり込んでいるのが見えた。意外と遠くまで行ってしまったらしい。傷がついていないといいのですが。
「
なるべくゆっくりと単語を
僕に寄ってきていたことで一番近くにいたオレンジの彼に目を向けるが、全身金縛り術をかけられたようにピシリと固まっていた。……通じなかった……と。
僕が立っている場所には脱ぎ捨てられたと思われる靴が何足か転がっている。靴を揃えることすらマグルはできないのだろうかと思いながらも、今はそれどころではないと無駄な思考を捨て去った。
どうやらここでは土足で入るのは無礼に当たりそうだ(そもそも学校内を散々土足で歩いてしまったが、回避できなかったことなので許してもらいたい)。
やはり取ってもらうしか方法は無いらしい。
「――
もっとわかりやすく話せないだろうか、と考えているとどこからか語尾が緩やかに上がった静かな声が聞こえてきて、床に落としていた目線をパッと上げる。ブロンドの髪をもった黒縁眼鏡の少年。その手には杖が握られていた。どうやら話せる人はいたらしい。
「
「
「
どうやら彼は皮肉気な話し癖があるらしい。使っている言葉こそ僕らもよく使うものではあるが、話し方によって左右されやすかったりもする。とはいえ彼の発音は十分聞き取りやすい。一つ挙げるならばアクセントが弱く淡々としている、というところだろうか。しかしそれは僕も人のことは言えないだろう。アクセントが薄くても付ける位置さえ気をつけて貰えれば十分だ。
アイロニックな口調とは裏腹に彼が丁寧に杖を持ってくれているものだから思わず頬が上がる。少し前の僕ならマグルに杖を触られたと怒りをほとばしらせていたに違いない。
「――! ――――――――――!? ――――――――――――――――――――――!!」
……ああ、彼のことを忘れていた。僕と眼鏡の彼を交互に見ては何やら早口で言っているが、申し訳ないことに何も聞き取れない。目の前の眼鏡の彼はどう見たって面倒なことは嫌がるタイプだろう。通訳を頼んだらきっとその顔を静かに歪めるのだ。
「―、―――――――――――――――――……! ――――――――――――――――……! ―――――――――――――――――――!」
興奮したようにオレンジの少年は跳ね続ける。話が通じていないということをわかっていてもなお自国の言葉で話しかけるだなんて、と困惑混じりの呆れで頬を掻いた。……仕方がない、ですかね。
重たい息を吐く。身ぶり手振りで説明をするには事態があまりに複雑だ。もし不味いことになったら遠慮なく忘却呪文を使わせてもらいましょう。今は状況把握を優先したい。
「
(さあ、異文化交流をしましょうか)
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*補足
・<フルストップ【full stop】>
終止符。アメリカ英語ではピリオド【period】と呼ばれます。