少年と動物の森 1/1



 ワタクシは鳥。
 ルクソ地方の森に生息している鳥のうちの一羽。この森にはさまざまな動物が暮らしていて、みんな仲良しなの。大きな動物から小さな動物までみんなね。
 その中に一人、ニンゲンがいるの。小さなオスのニンゲンが。
 その子は毎日この森へ来るの。その手に、本っていうのだったかしら? それをいくつか持って。朝にここへ来てずっと本を読んで、暗くなれば村へ帰っていくの。
 あの子はこのルクソ地方で生活しているニンゲンの、クルタ族の一人。彼らはみんな揃って共通点があるようで、とても仲良く見える。
 ワタクシは鳥だもの。時々彼らの村へ行ってその様子を見ることもあるわ。仲良しって本当に素晴らしいと思うの。
 でも、あの子供はいつも一人。見る限りでは村人の誰も彼もがあの子と関わろうとしない。彼の家族でさえも。
 彼が歩けば、彼が道を通れば、村人皆が口を揃えてこう言うの。

 ――“××”と。

 ワタクシがそれを聞いた時、憤りを感じたのを覚えているわ。
 何てことを言うのかしら。
 彼が××だなんて、そんなこと、どうして言えるの! 森に来るあの子がどれだけ繊細で、どれだけ優しいか。

 ――あの子のことを良く知りもしないで、よくもまぁそんなことが言えたわね!

 ワタクシたちは知っています。その言葉にあの子がどれだけ傷ついて、どれだけ悲しんでいるか。
 きっと、村人たちは知らないのですわ。
 安易に口にし、浴びせ掛けるその“××”の言葉に、一人ぼっちのあの子がどれだけ怯えて、どれだけ理不尽な思いをしているのか。知りもしないのですわ。
 この事を知ったワタクシは、森中の動物たちみんなに声を掛けました。あの子が森にいる間だけでも、穏やかに過ごせるようにしましょう、と。
 当然、最初は動物たちの間でも反発はありました。大きな動物なんかは特に。でも、あの子と接するうち――当初は同情からだったとは思いますが――森のみんなが次第に心を開き始めたのです。そして、数箇月が過ぎる頃には森の動物たち全員が、彼を可愛がるようになりました。
 彼と接するなかで気づいたのは、『優しい』ということ。『賢い』ということ。『気持ちや心に敏感』ということ。そして――『可愛らしい』ということ。
 彼は時折、ワタクシたちに笑顔を見せてくれますの。そのお顔の可愛らしいことと言ったら!
 ワタクシたちはその笑顔が見たくて、より一層彼と接するようになりました。ワタクシたちの中で一番大きなクマさんを枕にしていたのには、流石さすがに驚きましたけれども。
 でも、二年を過ぎる頃には、その笑顔は失くなりました。いえ、失くなったというのは少し語弊がありました。笑顔自体は、確かにあるのです。しかし……彼の目に、光は灯っていませんでした。
 原因など、はっきりしています。

 ――あのニンゲンたちめ!

 ワタクシたちはできる限り、あの子と触れ合ってきました。でもやはり、ワタクシたちだけではダメだった、ということかしらね。ワタクシたちだけでは、あの子を幸せにすることはできない。
 そうわかっていても、悔しさというものがありましてよ。
 あの子はあの子で、時折森から出て町へ行っていることも知っています。ルクソ地方以外のコトバを学んでいることも知っています。あの子が、『一人で生きていけたら』……そう考えていることも知ってますわ。
 だって、ワタクシたちはずっとあの子と居たんですもの!あの子の家族よりもあの子のことをわかってますわ!
 それを彼に伝えられないのが、酷くもどかしいけれど。
 そんな時、あの子が町へ出ていることが村の一番の権力者――チョウロウ、だったかしら?――にバレたと聞いた。町へ出ることは、この村では重大な掟破りだそうで、出た者には罰が待ち受ける。
 でも、だから何だと言いますの?
 誰も彼もがあの子のことを気にもしなかったのに、あの子が律儀にそれを守る義務は無くってよ!
 あの子が一人で生きていけるように、力をつけていることは動物達のみんなが知っている。動物たちみんなとあの子で森中を走り回ったのなんて、今となっては良い思い出だわ。
 力も知識も手に入れた彼にできないことなんてありはしません!



 その後、彼が森に現れることは無くなりました。ワタクシたちは総じて思ったの。
 “あの子はこの森を出た”。
 大丈夫。貴方なら、きっと大丈夫。優しい貴方だもの。お友達だってきっとできるわ。頑張って。
 もしかしたら、大きくなったあの子がふらっと戻ってくるかもしれないし――ワタクシたちはのんびりとここで過ごすことにするわ。

 行ってらっしゃい、ワタクシたちの、愛しいアイヴィー。ワタクシたちは、貴方が笑顔でいることを祈っています。




(愛しいあの子に、幸せがありますように)

(P.53)



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