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「オレもタトゥー入れよっかな」


 唐突にそんなことを言ったシャルに顔を彼へと向ける。白粉おしろい彫りにしたいのかと尋ねるも、どうせ入れるならいつでも見られるほうがいいらしい。
 たしかにそれは時々俺も思う。白粉おしろいじゃなかったところで、どうせ鏡を使わなければ見られない場所にあるが。
 今は浮き上がっていないだろうに、「綺麗な黒色だよね」と俺の首に身を潜めているはずの蜘蛛を指差したシャルへ、スティグマという彫り師がいることを紹介する。「スティグマって……まさか本名?」「知らない。違うんじゃないか」しかし知っていることも覚えていることもあまりに少なすぎて紹介と呼べるかも怪しくなってしまった。
 結局パクに原記憶をすくい上げてもらって彼女の口からの説明となったが、最後に「泣かずに我慢したのね、エラいわ」なんて頭に手を置かれて、急に恥ずかしくなってしまった。


「それは言うなよ……!」
「いいじゃない。泣いてないんだから」
「そういう問題じゃ……」


 昔よりも随分と長くなった自身の髪を一束手にとって指先でいじる。薄汚い白と桃の二色の髪は、羞恥で桃一色になってしまいそうだった。


「久しぶりに昔の貴方が見られて良かったわ」
「……ったく、それは何よりだな」


 ため息をついた後、にやにやとして笑いを噛み殺していたフェイへ、パクが使い終わったらしいルバーブのジャムの小瓶を投げつける。しかしあっさりとけられてしまって、中に入っていた赤色がフェイがいた場所の奥でむしが潰された後の血のように広がった。
 スティグマが今の俺を見たらどう思うだろうか。「ようやく同じ年頃の奴らとつるめたのか!」なんて大口を開けて笑うかもしれない。生きているのか死んでいるのかもわからないが、あの男のことだ、酒に浸かりながらも自由に生きているだろう。
 もしこの街を出ることになったらまずはスティグマを捜すことにしよう。彼を見つけるのは難しくとも再び天空闘技場の闘士となれば噂を聞いたあちら側からやってきてくれるはずで、会えるまで大して時間はかからないに違いない。
 記憶などとうに薄れてしまってほとんど覚えていないに等しいが、これでも彼に感謝はしているのだ。再び行動を共にすることは難しくとも、彼がもし金に困っていたら片目くらいならやろう。もう自分を愛してくれる人を見つけたのだから、一つくらい構わない。片目でもそれなりの金額はつくはずだ。
 それによって距離感が掴めなくなろうと、平衡感覚を失おうと、視力が落ちようと、今の俺には欲しい物をとってくれる者がいる。隣で手を引いてくれる者がいる。本を読み上げてくれる者がいる。顔が見たいなら、見えるところまで顔を寄せればいいのだ。憂うことは無い。


「――あ」


 鼻先に水滴が当たって、早くも雨が降り出したことを知る。テントの一つでも出そうかと思ったものの全員の皿はとっくに空になっていて、あっさり解散となった。『またね』など言わずとも、それぞれがすぐに会えることを知っている。
 次に会うのは雨が止んだ後だろうか。昼なら虹が、夜なら星が綺麗に見えるはずだ。雨上がりの空は遠くまで澄んでいて、ここがごみ溜めであることを一時でも忘れさせてくれる。
 雨の間、流星への願いでも考えておくとしよう。

(P.32)



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