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「お待たせ」


 コトリ、と最後の皿をテーブルに乗せる。流石さすがと言うべきか、初めてだというのにクロロはとっくに解体を終えてくつろいでいた。人体の構造を正しく理解しているのだろう。感嘆の息を漏らした。


「深夜にこれは贅沢だ。腹を空かせているのが普通のこの地だからか、この時間に人知れず食事をするというのは背徳的に感じてしまうな」


 くつくつとクロロは喉の奥で笑う。そのたのしそうな顔には一点の曇りもない。
 気にするところがずれているクロロに対して、上手く壊れたなあと内心思いながらもつられて笑った。道徳に背いているのは時間じゃなく殺人や食人なのだと、心の内では知りながらも口先から出るのは、「ああ、そうだな」という肯定の言葉だった。


「さあ食べよう」


 皿の脇に置いたスプーンを手に取った。銀が暖炉と蝋燭ろうそくの暖かな光で輝いている。スープをすくって口に含むも、人肉が入っているとは思えない、何の変哲もない味が喉を通った。


「アイヴィー」
「……クロロ?」


 名前を呼ばれて顔を上げる。スプーンを手に取っているものの、クロロは料理に手をつける素振りを見せない。どうしたのだ、とスプーンを一度置いて、テーブルナプキンを軽く口に当てて拭いてから瞳を覗き込む。
 青銀色でつる植物が細くぐるりと描かれている白い皿の中でごろりと鎮座する肉塊に向けられていた視線がこちらに向いた。パチパチ、と火花がぜる音。静かな室内。


「感謝している」


 常よりもずっと柔らかな声が響いた。黒曜石のような眼球が真っ直ぐ俺を捉えた。――綺麗な瞳だ。
 思わず、じっとその目を無言で見つめる。今までも宝石のように綺麗だとは思ってきたが、瞳が宝石に成り得ることを初めて自身でも心の底から理解ができた瞬間だった。
 これでは余計に離れ難くなってしまったじゃないか。ふるり、と愛とも絶望とも知れぬ感情で体が震える。


「……知ってるよ。クロロは誰よりも俺に感謝してる」


 へらりと笑って「その上、誰よりも愛してくれているんだ」なんて言ってみせれば、自分で言ったことでも存外快楽を得られた。……これでは地獄だな。


「自分で言うのか?」
「知ってることだから。クロロは自分がアイヴィー=ルーファスに誰より愛されていることを知っているだろ? それと何も変わらない」


 パンをちぎって口に運ぶ。クスクスと笑うと、クロロもつられたように笑みを浮かべた。


「その通りだ。――ああ、旨いな」


 クロロはほろりとシチューの肉をほぐし、丁寧にすくった。それはそのまま美しい歯列の奥に運ばれるとゆっくりと噛み砕かれ、喉仏はそれを嚥下えんげしたことを俺に伝えた。
 安心したようにほころぶその顔は、少しも大人びていない、年相応のものに感じられた。
 俺たちは正しく道を誤った。

(P.37)



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