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side:Phantom Thief Kid


 もう何度目かもわからないあくびでぽっかりと口を開ける。舞台上ではきらびやかな衣装に身を包んだ者たちがジョゼフィーヌだのナポレオンだのと言っているが劇に興味があってここにいるわけではない。
 そろそろここを出ようかと考え始めた頃、何かが落ちるような大きな音が劇場に響き渡った。いや、何かが落ちるようなではなく実際に


「何だってんだ?」


 天井が崩れたわけではない。上には舞台照明しかないはずだがそこに潜むのは重量的に無理がある。
 状況も仕掛けもわからずにただ成り行きを見守るも、舞台上に突然落ちてきた六人もまた自身の置かれている状況をわかっていないようだった。


「だろうな。とってくんねえ奴だよお前はよ」
「怪我はないか」
「心配するとこそこじゃねえんだよなぁ……」
「団長には何言っても無駄さ」


 ……どこでだっけ?
 聞き覚えのあるような気がする声が舞台上で交わされる。とても近いような、けれど遠い気もする不思議な感覚だ。片っ端から記憶の棚をひっくり返しながら距離を詰める。
 これだけ注目されてんのに見向きもせず話してるとかどれだけ勇者だっつーの、なんてことを思っていると次の瞬間にはアホ子にビンタされる以上の衝撃が眠気を彼方へと飛ばしていた。


「う、嘘だろ?」


 中森警部の「キッドだ、確保しろー!」という劇場を震わせる大声が魂が抜けたようなオレの声を掻き消す。
 役者たちに混じっていたらしい大勢の警官が衣装を脱ぎ捨て舞台の中央へと雪崩れ込む。瞬く間に劇場はカーニバル状態だ。しかし結果としてそれはすぐに収まることとなった。


「うるせェな」


 警官の一人が宙に浮いている。正確には頭部を鷲掴みにされて浮かされている。メキメキと骨の音が今にも聞こえてきそうだ。
 警官を持ち上げたのはTPOに正面から喧嘩を売っているようなジャージの男。オレの知識が正しく、かつ摩訶不思議なこの事態が嘘でもなんでもないとしたらアイツは幻影旅団のフィンクス=マグカブだ。
 ちょ、長身眉無し金髪三白眼……。
 小鳥が絞められたような声が口から出る。漫画やアニメじゃいかついとしか思っていなかったが、もう二度とそんなことは思わない。


「ぐ、あぁ、がッ……」
「やめてやれ、フィン」


 もがく警官を前にして観衆は口を閉ざし、動きを止めることしかできなかった。しかし、静かな会場内に制止を促す柔らかな声が短く落ちる。
 見なくても誰かわかる。先までは非現実的すぎて記憶の棚の暗証番号を忘れていたが、連載再開までの期間を考察に費やすオレを舐めないでほしい。


「アイヴィー……お前がそう言うならいいけどよ」


 握り潰さんとする手がクレーンゲーム機のアームのようにパッと開いて、景品と一文字違いの警官がドサリと落下する。
 実際に見たアイヴィー=ルーファスは酷く柔らかい空気を持つ男だった。ツノの立っていない生クリームのような、ほどけかけたリボンのような。
 何をするにも微笑んでいることが多くて、途中までは逆に信じてもいいキャラクターなのかと不安になっていたのが懐かしい。結果、信じてもいいキャラクターだった。心底ホッとした。話が進んで、普通に裏切られた。
 神は死んだと主張したツァラトゥストラも多分HUNTER×HUNTERを読んでいたんだと思う。オレにはわかる。
 いい先輩ハンターだと思ったんだけどなぁ。一回疑わせてそれが晴れたら信用するに決まってんだろアホかっつの。
 いや、幻影旅団のこと好きだからいいけど……。好きじゃなかったら作者に『もう働くな』とハガキを送るところだった。
 

「すいません、急に。お怪我は?」


 ゲホゲホと床に手をついてむせる警官を前にして柔和な笑顔のまま手袋をした手を差し出すアイヴィーだが、警官は怯えきった様子で後退ずさるだけだ。そりゃそうだろ。血被ってるし。


「ひ、人殺し!」
「取り押さえろ! 武器を持っているかもしれん、警戒は怠るなよ!」


 中森警部の指示で警官たちの硬直が解ける。
 団員たちが襲い掛かってくる警官を会話の傍らけるという不思議なショーが舞台上に出来上がっていた。


「すげ……」


 思わず声が漏れてしまうも、ここはもう静かな劇場ではない。
 どんなサーカスよりも凄いものを観ているに違いないと確信していると、アイヴィーが突然観客席にいる探偵ボウズの眼前に降り立った。
 どんな脚力してんだよ。いや、HUNTER×HUNTERの奴らは身体能力がバグってんだった。
 壁を走り、垂直に数十メートル跳び上がり、数キロ先から一瞬で距離を詰め、二百トン以上の門扉もんぴがある時点でお察しだ。


「よう、メガネ」
「何でここに!?」
「さあ?」


 いやいやいや、何で普通に会話してんだよ。羨ま……じゃなくて、接点あったらおかしくねーか。
 ボウズお前、誰と喋ってんのかわかっか? わかんねーだろ、お前漫画とか読まなそーだもんな。その人ら超超ヤベーんだぞ。何がヤバいって、とにかくヤバいんだ。


「アイヴィーお兄さん、その血……」
「嫌がらせを受けた。照れ隠しとも言うな」
「……どう照れ隠しされたらそうなるのかわかんないんだけど。でもいいよ。それで納得する代わりにさ――」


 アイヴィーの耳もとで探偵ボウズが内緒話の体勢をとる。
 何を言っているのかなんて想像に難くなくて、オークション会場でフィンクスやフェイタンとバッティングしたゴンとキルアのごとく脱兎だっとの勢いで会場から飛び出した。
 ――あんのガキ! 俺を捕まえさせる気だろっ!!

(P.31)


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