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「アイヴィー!」
「シャル……」


 目が覚めると仮宿の暗い天井だった。見慣れた顔に、起き上がろうとしていた体中の力が一気に抜ける。思っていた以上に気を張っていたらしい。
 両腕を天井へと広げれば、優男ではなく肋骨ろっこつを粉砕する勢いのウボォーが降ってきて一瞬で肺の中の空気がすべて圧し出された。時速百キロの機関車よりも仲間からの抱擁のほうが殺人的だ。
 

「ウボォー、退いてやりな。アイヴィーが死んでる」


 マチの言葉を受けたウボォーは「ワリィ」と俺の上から引いて、狐のように尖らせた口を俺の眉間に押し当てた。それで生き返るのは物語の中だけだろうと、ウボォーの額を押し返す。
 むせつつも酸素を取り込んで起き上がると部屋に入ってくるクロロと目が合った。


「おかえり」
「ただいま」


 どうやって帰ってこれたのか見当もつかない。赤土色で終わったのがあの世界でのすべてだ。


「刺激的な旅行だったよ」
「ほう。今度はオレも連れていってくれ」


 こうして生きているということは、メガネたちがクリアしてくれたのだろう。
 一つ心残りがあるとすれば預けていた帽子が返ってきていないことくらいか。貰い物のそれはまた新しく買えばいいという話ではない。
 しかし特段問題はないはずだ。
 酸化した金属プルトニウムのような色をした毛先をくるくるともてあそぶ。
 俺と同じ名を持つ十四ポンドの悪魔コアが臨界事故を起こしたのは二度きりだが、あることは三度あるというのだから。

(P.29)


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