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 朝日は俺たちを長らく待たせることはなかった。
 日が昇ってまだそう時間が経っていないにもかかわらず、街は馬車や人々で賑わっている。


「い、痛いじゃないか!」


 あれだけ存在感を放っていた霧もすっかり晴れて遠くまで往来を見ることができる。一人街をほつき歩きながら、街の表の顔を楽しんだ。


「何か言うことはないのかね!」


 昨晩はテキトーなことを言ったが、やはりこの国には明確な階級制度があるに違いない。
 往来の中心で足を止め、「ど・い・つ・に・し・よ・う・か・な」なんて幼稚な歌を舌に乗せたら神に選ばれし一人は羽根飾り帽を斜めに洒落込んだマダムだった。


「……やっぱうるせぇからアンタな」
「な、なに?」


 シルクハットを被り、左手で持った背の低い杖を地面に垂直に立てつけている中年男性の容貌はいかにも上流階級のそれだ。鼻の下に短く生やしたハの字型の髭が男性の下がった口もとにぴったりと合うようにいっそう垂れていた。


「俺の注意不足です。申し訳ありませんでした。お怪我はありませんか?」


 わざとぶつかってくるなんて、性根が随分と可愛い腐り方をしている。愛でてやりたいが残念なことにそろそろ集合時間だ。
 今さらではあるが本当に心配している素振りを見せれば、男は世界の中心がここだと言わんばかりの顔でフンと一度鼻を鳴らした後、「気をつけたまえ」と吐き残していった。


「気をつけまーす」


 上質な革でできた黒い財布を右手に収め、男の真似をして鼻をフンと鳴らしてみる。男ほどの貫禄は出なかった。なかなかやるなアイツ……。
 そういうことじゃないとメガネには言われそうだが、大事なところだ。


「盗難にはご注意を!」


 なんてな。
 体の向きを変えて男とは反対方向へと歩みを進める。
 そういや警察に捕まったらゲームオーバーだったか? ま、捕まらなければいいんだろ。
 待ち合わせ場所に到着すると俺以外の奴らがすでに揃っていた。遅れてはいないはずだが、待たせちまったらしい。


「またジャック・ザ・リッパーが出たよー! 今度は犠牲者が二人も!」


 まだ肌寒い街に少年の声がよく響く。手に握られているのは新聞だ。
 手招きをすると鼻先を赤くして跳ねるように駆け寄ってきた。


「一部くれるか?」
「ほい、80円!」


 ジェニーではなくエンという単位を目新しく感じながら、中身を移し変えた財布を開く。
 札を抜いて少年に手渡すと彼は口をあんぐりと開いて「おつりが用意できないよ!」と慌てふためいた。


「んなもんいらないさ。これからもっと寒くなるからな。マフラーの一つでも買うといい」


 ただのコンピューターではあるが、この場においてその現実は俺たちと大差ない。
 じっとりと見てくるメガネを知らぬふりをして少年を見送った。


「そのお金、どこで?」
「親切なお貴族様がお恵みくださったんだ。世の中捨てたもんじゃねえな?」


 クツクツと喉奥で笑いながら新聞を渡す。メガネは「もし現実でやったらアイヴィーお兄さんのこと捕まえるからね」とハンターライセンスよりも小さな手で受け取った。

(P.21)


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