Side:Seijuro Akashi
僕には三つ年上の兄さんがいる。しかしそれは兄さんの誕生日が過ぎて僕の誕生日がまだ来ない数箇月限定の年齢差。その限定期間も終わり、本来の二歳差に戻るまであと数日といったところか。
そして僕の誕生日も迫るこの時期となれば、当然進路のことを考えなくてはならない。とは言っても、所属している部活動で挙げた功績のおかげで複数の高校から引く手を伸ばしてもらえているから問題は無いだろう。
先ほどはその複数のうちの一つ、洛山高校のオープンスクールに行ってきた。洛山高校は京都に位置しているため、もちろん中学には公欠をとって。洛山高校は事前の調べだと、学力や校風の面においてほかの推薦校よりもずっと僕に合っていたが、今日実際に見学してみてその好印象はさらに強まった。それに加え、
少し昔話を交えて僕たち兄弟の話をしよう。
兄さんは静かな人だった。静か、というよりも穏やかと言ったほうが正しいのかもしれない。受験をして私立の中学校に進んだ僕に対して、兄さんが通っていたのは地元の公立校。兄さんは高校進学の際に初めて受験をし、見事に合格した京都の私立へと家を出ていった。それが二年前の冬。
中学校からすでに違うところへ通っていたため、学校での兄さんの様子はわからない。もしかしたら僕の周りの人間のように人並みに騒いだりもするのかもしれない。兄さんは自分のことは訊かない限り少しも話す人ではなかった。
兄さんは努力の人だった。できなければできるまでやる。兄さんの流した汗は人のそれと比べられるものではない。兄さんが練習しているところを邪魔してはいけないとこっそり覗いた時、兄さんはいつだって苦しそうな顔をしていた。そのとき、僕も苦しいと感じた。
表情の変わることの少ない兄さんを幼い頃から見ているうちに自然と人のことがわかるようになっていた。観察眼が鍛えられたのだと思う。それでも一番知りたい兄さんのことは何一つとしてわかることはなかった。
兄さん、と呼べば優しい声で返事をしてくれる。相談を持ちかければ自分のことは後回しにして一緒に真剣になって悩んでくれる。僕が
僕にとって兄さんは唯一無二の存在だった。仲睦まじい兄弟、そう思っていた。しかしいつもどこかで兄さんとの間にある違和感を拭えずにいた。それに気づいたのは中学生になってすぐの頃だ。
――兄さんの目に僕は映っていない。
なぜ今まで気づかなかったのだろう。それに気がついたとき、らしくもなく物に当たった。言の葉として成り立たないどうしようもない気持ちで器官、組織、細胞という僕という人間の全ての中が埋まっていた。兄さんの真っ赤な目に映るものが羨ましくて堪らなかった。
そして、気づいた事は憎らしくももう一つあった。それは僕は兄さんに名前を呼ばれたことがないということ。哀しくて、悔しくて仕方がなかった。それが兄さんとの繋がりが少なかったことを突きつけられた瞬間でもある。
親族の集まりなどの時、兄さんと僕の話はよく
ただ、兄さんと僕の顔がそっくりだと言われることはとても嬉しかった。もちろん自分自身で似ていることは自覚している。だとしても、他人に改めて言われるのは兄さんと僕の繋がりを認識できて良いものだった。
兄さんはきっと覚えてないと思うが、一度十数年も昔に兄さんの大きな目に僕が映ったことがある。純粋に綺麗だと思った。幼い頃の記憶は断片的で曖昧なものなはずなのにそれだけは鮮明に脳裏に焼き付いていた。今思えばそのときから僕は兄さんを振り向かせようと必死だったのかもしれない。
兄さんのことは好きでしたか
敬具
赤司征十郎様
兄さんからオレへの、初めての手紙。短い、手紙。
「これが初めて、かな」
細く真っ黒なボールペンでさらりと書かれた初めての自分の名前を指でなぞる。
ああ、
そんなにもオレのことが嫌いでしたか。
(こんな形で名前を呼ばれるなら)
(ずっと呼ばれなくてよかったのに)
(いっそ嫌いと言われたかった)