お前に守って欲しくない!

人が自分のことを何って言ってるのか、ソーマはちゃんと知っている。そしてそれは大体間違っていないって思ってる。なんせアラガミと人間のハーフだ。死に神だとかバケモノだとか多分間違えではない。ないと思っている。
遠巻きにされたり陰でひそひそ言われたりするのももう慣れたし、視界はフードで、聴覚はイヤホンで無視することもできる。……できる筈だった。

「お、見ろよアナグラきっての死に神様と守護神様だぜ」
「守護神様、どうぞ我々を死に神からお守りくださいってか?」
「いいね、守り神様ってか。俺も祈っとこ」

今日も任務だお付き合いしろ隊長代理命令だ拒否権はない。なんて宣ってソーマを引っ張って歩くリーダー様は、首を傾げながら階段下から聞こえてくる皮肉たっぷりなお祈りを聞いていた。

「守護神様だって……やべーソイツ超つえーんじゃね? 誰のことなんだろ」
「……………」

てめぇのことだよ、やっぱり馬鹿だコイツ。ソーマはため息をついて出撃ゲートまて早足で歩く。早く終わらせて部屋に帰りたい。二三歩くらい置いてかれた形になった守護神様、もといリーダー様は「あ、こらソーマまちんしゃい」とかなんとか言いながら駆け足で寄ってきてソーマを通り過ぎゲートをくぐる。

「ソーマ、早くいこうぜー」
「………ちっ」

足を止めたのはお前が先じゃねえか! なんて言ってもどうせコイツは笑って誤魔化すかそのままスルーを決め込むに決まっている。そう思ったソーマは、黙ってゲートをくぐる。

『守護神様』

誰だか名前もしらない神機遣いが口にしたその単語だけが、妙に頭に残っててソーマは少しだけ、本当に少しだけ、腹がたった。ような気がした。守護神だか守り神様だか知らないが結局それってヒトでないってことなんだろ?

―――――てめえらに都合のいいバケモノってことじゃねえか。

むしゃくしゃしてプレーヤーの音量を上げれば、こないだリーダー様に掠め取られた時に突っ込まれたらしい曲で。若い女たちがきゃいきゃいとはしゃいでいるような、訳の分からない歌詞が流れてきてソーマは顔をしかめた。好みじゃない。次曲にすればまたおんなじような曲が流れ、もうひとつ次、次、次と変えども変えどもまあ同じ声、声、声。流石にソーマも頭にきて少し前を歩くリーダー様の後頭部に一発くれてやると、「ぐおおおおおお……なにすんだキシャマー!」なんて文句をつけてくるもんだから、ポッケからとりだしたプレーヤーを突き出すと、にやりと笑って「どーだ、華やかになったろー?」とかなんとか言いだしたので。

「……………クソが」

吐き捨てるようにそう言って、ソーマはさっさと目の前の装甲車に乗り込む。後部座席に座った彼を見たリーダー様はうげーって舌を出して運転席に乗り込んだ。ぶっちゃけリーダー様は運転が苦手である。(コウタとアリサ、サクヤが戦闘不能になるレベルである。……ちなみにその後、リーダー様と同行するときは彼女以外が運転する事に決まっている。)嫌そうな彼女の面をみて、心持ち胸がすいたような気分で目を閉じた。当然、イヤホンは外してポッケに突っ込んで。

がたがたと激しく車体が揺れる。

「ぎゃーっ、やっぱ失敗したぁぁぁぁっ!」

リーダー様の悲鳴をBGMに、ソーマは目的地まで少しだけ眠ることにした。台無しにされたプレーヤーの敵だ。精々奮闘すればいい。

「うわぁぁぁ、ちょ……ソーマ? ソーマくん? やだ何寝てんのコイツ! ありえねー!」

ごっとんがったんごとんごとん。ふらふらと装甲車は進む。彼女の悲鳴とともに。



「だからね! 運転手を目の前に寝るものではないと思うよソーマ!」
「うるせえ、任務開始の時間だろうが。……さっさといくぞ」
「あああ! こら待てソーマ! 帰りは運転かわれ! 絶対だかんね!」

さっさとフィールドに降りて索敵を始めるソーマを慌てて追っかけて、リーダー様も走り出す。今日のメニューはグボロ・グボロ3体、リーダー様とソーマの実力ならばそうそう問題は起こり得まい。ならば分散して各自索敵、戦闘、コアやその他素材などの回収。フィールドを一周の後、集合。との隊長(代理)指示で二手に分かれたソーマが、とりあえず西へ向かえば、程なく物陰に隠れきらない巨体の影を視認し、奇襲すべくじりじりと距離を詰める。
後、十歩、九歩、八歩、七歩、六歩、五歩、四歩、三歩、二歩、一歩。

「雑魚が……………消えろっ!」

じりじりと進みながら溜めに溜めた、チャージクラッシュ。まずご自慢の砲台に重い重い一撃を頂戴したアラガミは、怒りの咆哮を上げつつ、ソーマに向かって突進してくる。全て避けてステップ、斬撃、斬撃、ステップ、斬撃―――
全身結合崩壊したグボロからコアを回収して、後2匹を探す。




一方、東のリーダー様は、一向に見当たらないアラガミを探して、あっちにうろうろこっちにうろうろとうろつき回っていた。

「西が当たりかー……ちぇー……」

なんだかもうテンションだだ下がりである。さっさとソーマと合流してしまおう。でも3体全部ソーマがやっつけていた場合、自分の立場はどうなるのかってリーダー様はそこらへんに一抹の不安を感じて、お腰につけたポーチから超視界錠を取り出すと苦味をこらえて噛み砕く。
クリアになった感覚で周囲を探れば優雅に水中を泳ぐ影。あ、何とか面目保てそう? なんて思ったリーダー様はこっそりと後をつけることにする。流石の彼女も魚と水中でドンチャカはやりたくない。そのうちあがってきたらフルボッコにしてやろう。
そんな不穏な気配を感じ取ったのか影が速度を上げる。ものすごい勢いで。

「は? ちょっ……待てこら!」

あっという間に去っていく影を怒鳴りつけながら、リーダー様は効果が薄れてきた超視界錠をもっかい噛んで走り出す。魚になりてーなーなんて思いつつ、昨日の夜出てきた焼き魚を思い出してやっぱなし。勘弁。って思い直して走る、走る、走る。
―――――走って走って、向こうの方に人影が見えた。



クボロ・クボロを二体程捌き終わったソーマは、煩いリーダー様と合流するためにのろのろと歩いていた。散々探しても残りの一匹が見つからなかったので仕方が無しに、である。まあ、姦しいかわりにそれなりに強いリーダー様が始末をつけているんだろうと結論づけて、もうさっさと帰還すべくちょっとだけ歩く速度を上げる。
合流したらしたで煩いんだろうけどプレーヤーは自分の好みでない選曲ばかり。どっちがマシかはソーマにもわからない。でも好きでもない音楽を聞きたいとも思わない。結局イヤホンは外したままだ。どうしたいのか自分でもよくわからない。今まで考えたことのないこと、会話か音楽か。
誰も積極的に求めては来なかった反応を半ば強制的に要求してくるものだから、あのリーダー様は。姦しい、煩い、喧しい、鬱陶しい。だけど好きじゃない音楽を聞きたいとも思わない。本当にどうしたいのか自分でもわからない。
思考の海に潜る。
戦場の真ん中で。

それってかなりヤバ気ではっきり言って危ない行為である。たとえ、ソーマであっても。リーダー様であろうとも。

だからこれは、単純にソーマの手落ち。

「ソーマ!」

呼ばれた名前に弾かれたように振り向くと、水から跳ね上がって自分に一直線に降下してくる、アラガミ。

―――――まだ、倒してなかったのか。

ソーマはそんなことを思う。動かない。動けない。恐怖からじゃない、もっと厄介な、それ。

死への憧憬。渇望。逃走。

もう見なくてすむかもしれない。何をなのかはソーマにはわからない。とにかく彼は動かなかった。けれど―――

―――そんなことは関係なしだ。

リーダー様は実に空気を読まない。全力で駆けていたそのままの速度で、ソーマとアラガミの間にわって入りやがったのだ。当然装甲は展開している物の、不自然な姿勢かつ、どちらかといえば攻撃を受け流すタイプであるバックラーかつ、重力に加えて重さ、勢い。



受けきれる、筈もない。



「ぐ、ぅぅぅぅぅ……っ」

苦しげに呻く声、なにかがどこかで軋み、拉げる音。それから。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「新型!……………あのバカ………っ」

彼女の体が宙を舞い、そのまま勢い良く瓦礫に突っ込む。がらがらと豪快な崩壊音が響き、そして静寂。

静寂。

「……………っ、クソがァァァァァァァァ!」

静寂に耐えきれなくなったらしい、ソーマが吼える。バスターを構えて、何も考えない突撃。ああ、また。お前もか、そうなのか。なあ、『守護神』サマ?



『死に神』守ってどうすんだよ。



馬鹿じゃないのか、馬鹿なんじゃないのか、馬鹿だったんだ、そうだった。ソーマは笑い出したくなる衝動を抑えて、ぎゅっと拳を握ってみる。どいつもこいつも馬鹿だから死ぬ。あいつもあいつも、あいつもそう。

―――――あい、つも。

「おーい、ソーマー」

瓦礫の中から声がする。最近ようやっと聞き慣れた女の声だ。ソーマがそっちに目を向ければ、コンクリートの残骸から冗談みたいににょきっと伸びた腕。しかもふらふらと揺れている。

「おーいってば、たーすーけーてー」

二度目にその声を聞いて、ようやっとこれは幻聴ではないと気付いたソーマが瓦礫に駆け寄ると、隙間にすっぽり入り込んだリーダー様が一生懸命手を振っていた。案外必死に。

「………………」
「動けないので助けてください」
「…………………」
「ソーマ?」

無言のソーマが引っ張り上げるとぷらん、と所在なさげに揺れるリーダー様は照れを誤魔化して笑う。

「……いやー面目ない」

笑ってはいる物の、全身を強く打ったらしい彼女を不用意に動かすわけにも行かず、帰還のためにヘリを呼ぶ。装甲車は後で回収班に任せることになった。

「ソーマ、怒ってんの?」

さっきから一言も口を利かないソーマは、やっぱり深く深くフードを被り、俯く。目元をすっかりと隠したそれは、彼の表情の一切を伺わせてはくれない。まあ、怒ってるよなってわかってるリーダー様はとりあえず静かにしておくことにする。
あんまりぎゃいぎゃい言えば、きっともっとずっと怒り出すし。いつもならそれも望むところではあるのだけれど。

―――体が痛い。まじで痛い。本当に。

顔には見せていないけど、とてつもなく全身が痛いこの状態で彼に喧嘩を売るような死亡フラグはご遠慮しておきたいところだ、ということでリーダー様は目を閉じる。
そしたら一気に眠気がやってきて、どうしたもんだろうとちょっと考えて。

「ソーマ、私寝るからー」
「ああ」
「ヘリが着いたら起こしてね」
「ああ」

とりあえずソーマに声をかけて、彼女は眠ることにした。案外はやく寝入ったもんだから、ソーマがどんな表情で自分を見ていたのかなんて知らないし、わからない。

「……なあ、二度とするなよ」

辛そうで、悲しそうで、寂しそうな顔なんて、見てない。

「俺を庇うなんてバカな真似、二度とするなよ。なあ……………」

そんな顔、は。

110615/0618加筆
title/嗚呼
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