おかしくなるから触るな! 「夢でも見てんのかぁ?」 ふざけた口調で肩を叩かれる。瞬間、絶叫、大地を揺らす巨体、発砲音、絹を裂く悲鳴、土埃、口に噛んだ砂の味。……正直酷い目覚めなんじゃないか、なんてソーマは思う。 「……余計な事を……」 「ぶつくさ言ってないでお仕事お仕事ー! はい、ソーマくん入りまーす」 「ちっ」 悪態なんて吐きながら立ち上がったソーマの肩をばしばし遠慮の欠片もなく引っ叩いちゃってるのが、泣く子も黙るし鳴くアラガミなんて力押しで黙らせちゃう極東支部第一部隊隊長(本人が言うには)代理のリーダー様である。 やかましい上に頭も悪いらしく、同期入隊のこれまた第一部隊の旧型神機遣い、藤木コウタと合わせてバカフタリー(コウタが好んで視聴しているテレビアニメをもじったらしく、「バガラリー侮辱してんのかチクショー!」などと憤慨してた、らしい)などと呼ばれているが、本人は何処吹く風。全く気にしてないようでいつもどこかで馬鹿を量産し騒ぎを引き起こしていやがるわけで。 そして、今日も例外なく馬鹿をやらかしている。 「くらえー……………必殺剣!」 馬鹿みたいに大きな剣にゆらゆらと光がまとわりつく。 光を纏うその刀身を、奇妙な叫びとと共に思いっきりアラガミに叩きつけて即バックステップ。そのまま距離をとってから、がしゃりと神機を変形させる。 「発射ーっ! どかーん! はっはっはー、くらえーい!」 やかましく叫びながら銃形態の神機から発砲。先ほどの一撃でよろめいたアラガミがその衝撃に耐えきれずに倒れると再び変形、ステップ、斬撃、そしてチャージ。 「もっぱつ! 必殺けーん!」 重い一撃にアラガミが唸り声を上げて崩れ落ちる。間髪いれずに捕食。コアを回収し、アラガミの体の一部を取り込んで、その詳細を確認。 「うーん……いまいちー? くそう……ねえ、ソーマはー? お猿さんの面ないー?」 「うるせえ」 くるりと彼女が振り向けば、そこには同じようにアラガミを沈めたソーマが素材を回収すべく捕食してる真っ最中。アラガミに食らいついた神機の口が引っ込んだのを見て、中身をちらりと確認、そしてそのままくるりとリーダー様に背を向けて歩きだす。 「あー、ソーマ。待って待って! 猿の面あったらちょーだいよ、それがあれば刀身合成出来るからさー」 「……………」 無言を貫くソーマに気分を害した様子もなく、てててっと走り寄った彼女は肩に担がれた彼の神機をのぞき見て「あ! あんじゃん! お顔が!」なんて喜びの声を上げる。きんきんと耳に響く声に舌打ちを一発決めたソーマはコートのポッケに手を突っ込んでプレーヤーのボリュームを上げた。耳にかけたイヤホンはがんがんと人の声なのか何なのか分からないくらいの奇声を響かせて、やかましく鬱陶しいリーダー様の声をかき消してくれる。 もう本格的に無視を決め込んだソーマなんだけど、やっぱり彼女は気分を害した様子がなくて、そのまますぐ後ろをついてくる。気配を隠しもしないもんだから、人よりちょいと感覚の鋭いソーマは、どうしようもなくいらいらして何なんだよコイツと舌打ちをもう一発。たぶん聞こえているんだろうけど、彼女はそのままとことこ歩いているのでいよいよソーマは当初の予定である無視を継続するしかなくなって、さらにボリュームを上げる。もやもやとかむしゃくしゃとかどっかに飛んで行ってしまうくらいに、強く。 いっそ鼓膜なんて破れてしまっても良い、むしろ耳なんて壊れればいい。なんて自虐的なことすら考えながら、歩く、歩く。ターゲットがまだ残ってるもんだから下手においてくことも出来やしない。置いてって死なれでもしたら今度は何を言われるかわかったもんじゃないし。 「ソーマ、ソーマ!」 疫病神からきて今は死に神である。進化してんだか退化してんだかソーマにはよくわからない。とりあえず言えることは自分に近づく人間は死ぬっていうこと。だから、誰も近くに来ないでほしいし。ほっといてほしいのに。 「おーいソーマ! 耳に悪いぜー?」 「……っ」 背後から伸びる手がソーマのフードにかかる。制止する間もなくフードは引っ剥がされ、挙げ句耳にしっかりとひっついていたイヤホンまで持って行かれる始末。 「うわあ……ドブのような声がするー……」 勝手に取り上げといてこの態度。ぷっつんきちゃったソーマが思わず振り上げた拳から、笑いながら逃げ出したリーダー様はいつの間にぶんどったのかプレーヤーを掲げながらこんなことを宣った。 「この殺伐としたプレーヤーには私秘蔵のアイドルソングを入れてあげよう! お礼はいいよ!」 「ふざけるな………!」 ついにマジギレしたソーマからへらへらと逃げ続けるリーダー様に、畏怖とか嫌悪とか侮蔑、嘲笑、怨嗟、憎悪なんて負の感情はちらりとも見えないもんだから、ソーマはなおさら腹が立つ。 こういう奴から死んでいくのだ。死に神なんぞ黙って嫌っていれば良いものを。何が楽しいのか、構うから。笑うから。 「馬鹿どもが……!」 吐き捨てた、ちょうどその時。 「……………!」 気配がした。 「お、い…………っ!」 走る彼女の丁度、そう丁度背後に。噛み殺そうとする牙が、引き裂こうと振り上げられた爪が、押しつぶそうとその身を踊らせる巨体が、死を。 死、を持ってきた。 また、死ぬ。まただ。目の前で、すぐそばで、振り上げたつもりもない鎌が彼女の首を、はねる。ちがうオレは、悪く、ない。オレは。定まらない思考の中でソーマは走る。すぐ近く。手の届く場所にいるアラガミを、はやく、はやく、はやく。 「後ろだ! 新型ぁっ!」 短くて絶望的な距離にソーマの叫び声が響く。この期に及んでも彼女は笑っている。そう、とてもとても――――― ―――良い笑顔で。 「はっはっはーっ! ザコめ、侮ったな!」 迫るアラガミを見て、恐れることなく笑い声をあげる彼女は、重い刀身をかかげて跳躍。そして重力に任せて降下しながら、力一杯分厚い刃を振り下ろした。 「くらえ!」 断末魔の叫びだ。奇声を上げて倒れたアラガミを神機に食べさせながらリーダー様はソーマをみて、にぃっと笑顔。破顔一笑っていうのかな。とにかく笑って言う。 「声掛けサンキューでーす」 「……………ああ」 ソーマは少し上がった息を整えて、倒れたアラガミがもう動かないことを確認する。彼女の神機がコアを引っ剥がせばこの任務もおしまいで、やっと一人になれる。一人に。 「はーい、ミッション終了でーす! ソーマくんは後で私の部屋まで来るように!」 「は?」 にやにや笑う彼女の手にはイヤホンとプレーヤー。人質ならぬ物質をぷらぷら揺らして再び逃げるように走り出す。 「わっはっは! あいたたったー! イエス!」 「ふざけるな! 返せ!」 怒声を上げたソーマは、さっきまで早く一人になりたかったことなんてすっかり忘れちゃってたらしくて、右に左にちょろちょろ逃げ回るリーダー様をなんかもう意地になって追いかける。 ほっといてほしいのに、何なんだ。何なんだよこいつは! 何が楽しいんだ、本当に馬鹿なのか、頭おかしいんじゃないのか。オレが何て呼ばれてるか知ってるくせに、目の前で実演してやったのに、こいつは。 「ソーマ、帰んべー」 「クソ………っ」 結局逃げ切ったリーダー様が、ぜいぜいと呼吸を乱したソーマの背中をぽんぽん叩いてやりながらアナグラへ帰るべく車まで歩く。こっちが息乱してんのにバケモノかコイツは。苦々しい顔して悪態づくソーマは、はっとする。バケモノがまるで自分は人間だとか思ってるみたいな。そんな。 「どーした? 暗いぞソーマ!」 「……………うるせぇ」 そんな夢をみてしまいそうになるから、希望を持ってしまうから一人がいいのにってソーマは引っ剥がされたフードを深く被った。もう何も見えないように。だから、心配そうなリーダー様のお顔なんて見てない。 ソーマは見ない。 110607 title/嗚呼 |