何でもないあの日学校の帰り道、振り向けば彼女がいた

「……………」
「……ねえ」
「………何ですか」
「……………何か、話しましょうよ円」
「何をですか」
「………何でも、よ」

ふわりと笑った彼女は、ひどく大人びて見えて。
妙な居心地の悪さを覚えちゃって円は困る。
どうして央がこの場にいないのか、この場は空気の読めなさ世界一、もといムードメーカたる央が何とかしてくれるべきであるというのに。
ため息をつきたいような、逃げ出したいようなそんな気持ちで、円は歩く、歩く。

「……今日の実験は大変だったわね」
「………央が活躍できたのですから問題は何一つありません」
「その央が一番大変だったと思うわ」
「央の悪口は許しません、央が輝く為に全力を持って皆が行動するのは当然です」
「悪口なんかじゃないわよ、あくまで感想だわ」
「感想」
「そう、感想」
「央の暴走はいつもの事なので気にするだけ無駄……もとい央の才能が爆発してしまうのは喜ばしいことだと思います」
「爆発は駄目だと思うわ」

頭を抱えた彼女はやっぱり大人びて見えて、やっぱり円は居心地が悪い。
大したことは無い、たった一年だか二年だかそれっぽっちの差でこんなにも胸の奥がざわざわもやもやしてしまうのか。
というより何でこんなに自分はおかしな心持ちになっているんだろう。
あくまで彼女は課外活動のメンバーの一人であって、あくまで彼女は央が気にいっている人間の一人であって、あくまで彼女は、強いて言えば学校での先輩にあたる人間の一人であって、あくまで彼女は、ぼくが―――――





「……………」

円は目を開ける。
薄汚れた天井が見えて、「ああ、夢か」とベッドから身を起こした。
ちらりと隣を見れば、ぐっすりと眠っている撫子の姿があって何だかほっとしてもう一度ベッドに横たわる。

かのじょ は ぼくが

『自分』はこの後何を思ったんだろう。
何となく、わかるような気がする。
けど、何か、凄く、腹立たしいような、そんな、そんな、腸がどろどろと溶けていくような、気がする。
平和な世界で、平和に恋をして、そして、幸せに、幸せに、幸せに、幸せに―――

「許さない」

そう、円は『自分』を許さない。
たとえ、『自分』でも許さない。
彼女は、撫子は、円を愛しているのだと言った。
円も、撫子を愛している、愛しているのだから。

「許さない」

彼女 は 撫子 は ぼくの もの だ

眠る撫子を抱きしめて、円は眠る。





「……………」

彼女は、ぼくが。
ぼくが、何だというのだろう。
何を今考えているんだろう。考えたんだろう。
円は歩く。
彼女は、ぼくが、ぼくが、ぼくが―――――

「待って、円…………い、たっ」

小さな悲鳴に驚いて、円は足をとめて振り向く。

「……何を、しているんですか」

彼女は何かに躓いたのか、転んでしまったらしい。
膝から、血が流れている。

「……円がいきなり速度上げるからよ、待ってって言ったのに」
「……………」

むっとして円を見る彼女の顔は、さっきまでと違ってなんだか子どもみたいで。

「……あなたがドジなんですよ」
「………ドジって…!」
「仕方がありません、どうぞ」
「?」

いきなり目の前で背を向けてかがんだ円の意図が理解できないのか、彼女は首をかしげる。

「おぶってあげます、どうぞ」
「! い、いらないわ! 大したことなんてないし!」
「でも、怪我してるじゃないですか。これが央に知られたらぼくが怒られてしまいます」
「え、ええ? いいわよ! わたしの不注意だから!」
「……嫌だと言うなら抱きかかえますよ」
「!!」

真っ赤になった彼女を見て、円は何だか愉快になってきた。
何だか、本当に子どもみたいな。



ああ、そうか。



彼女は、ぼくが。



ぼくが、気になってしまう、たった一人の他人なんだ。





円は、目を開ける。
何だか酷く不愉快な夢を見たような気がする。
内容は忘れてしまったけど。
なんだか体が温かくて、何事かと思えばいつのまにやら撫子を抱きしめていた。
撫子はまだぐっすりと眠っている。

「………」

理由のわからないもやもやとした不快感に、円は撫子が目を覚ましたら久しぶりに二人で散歩でもしようかと思う。
最近は、政府の監視も大分緩んできたからここら辺を歩くくらいなら多分大丈夫。多分。

二人で、手でもつないで歩けば、この不快感も薄れるに違いない。



なぜだか、そう確信した。

110207
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