乞うようにキスをする

彼女が消えた日から、世界は理一郎の敵だった。
彼女がいなくなった世界は、理一郎の敵だった。
だって、自分の味方は彼女一人だったんだから。
どんなことがあったって、味方で居てくれるのは彼女だけだったんだから。
世界が彼女に牙をむいたのなら、自分が味方で居なくては、そう。
味方だから、味方で居るから、お前を必ず助けるから、だから、だから、だから。
どうか、お願いだから。

オレに、姿を、笑顔を、見せて、下さい。

「―――っ!」

部屋が赤く染まっている。
起き上がって窓を見れば夕日が沈んでいて、そして。

「やっと起きたの?」
「撫子」

暇そうな顔をしながら、理一郎が寝ていたベッドに寄り掛かって本を読む撫子の姿があった。

「……ずっと起きないんだもの、暇で暇で仕方がなかったわ」

部屋の中心に置かれたテーブルには作成途中のレポートが資料とともに広げられていて、自分の手元には携帯電話。
そして、撫子。

「あ、あ。そうか、ここは」

オレの部屋か。と続けかけて、きょとんとした撫子を見てやめる。
確かにここは自分の部屋だ。
廃墟の中じゃない、本当の。
壊れていない、オレの。
ちゃんと止めたのだ、忌々しいあの事故を。
事故から撫子を救って、世界は修復されて、壊れることは無くなって、撫子が笑って、平和に過ごせる世界に。
オレと生きていく世界に。

「理一郎?」

肩を揺らされてはっとする。

「どうしたの? さっきから、何か変よ」

心配そうな顔をした撫子。
自分を見る撫子。
そう、撫子、撫子、撫子、撫子、撫子、撫子―――――

「撫子」
「なあに?」

引き寄せて、撫子の唇に自分の唇を押しつける。
一瞬びくりとしたけれど、撫子はそろそろと理一郎の背中に腕をまわす。
ぎゅっと抱きしめられて、その腕の暖かさに泣きそうになった。
もしも、これが夢なら。
夢だったとしたら、もう、いい。
もう、いいから。

撫子、もうお前を探せない。
こんなに暖かいお前を、もう探せないよ。

だから、これが夢だったら。
オレはこんな世界、捨ててやる。

「………理一郎」
「撫子、撫子、撫子」
「……………泣いてるの?」

101220
title/群青三メートル手前
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