神様、彼女だけはわたしから奪わないで下さい ※残留ED後 幼い少女を、突き飛ばした。 すっかりと大人になった、その腕で。 「―――――っ」 まるで人形のように、少女は宙を舞い。 頭から、アスファルトでコーティングされた地面へ落ちていく。 ぐしゃり、つぶれるその瞬間に少女が呟いた言葉。 ―――――ど う し て ? 静かな瞳が自分を見ていた。 そんな気がする。 さあっと背中に冷たいモノが走ったような感じに、円は跳ね起きた。 激しい動悸と息切れのおかげで目覚めは最悪。しかも隣で寝ていたはずの撫子はいないときたもんで、ついでに機嫌の方も絶賛急下降中である。 「今日は遅いお目覚めだね、円」 簡単に身支度を整えて寝室から出た円に声をかけたのは、キッチンで何やら作っているらしい央だった。 「撫子はどうしたんです?」 「……うん、わかるけどまずは朝の挨拶しようね円」 「………おはようございます、撫子はどこですか央」 「清々しいほどおざなりだね! いいけどさ!」 央はがっくりとうなだれつつ、フライパンからお皿に中身を移していく。 そんな央を尻目に、円は部屋を見回しても影も形も見当たらない撫子の所在を尋ねる。 「近くを散歩してくるって言ってたよ、そろそろご飯だから呼んできてよ」 「わかりました、ではいってきます」 「いってらっしゃーい」 今日も今日とて晴れてるんだか晴れてないんだかわかんない空の色にうんざりとため息を吐いて、円は撫子の姿を探す。 というか散歩とか。 政府の監視がそんなに無いって言っても、壁に耳有り障子に目有りって言葉もあるわけで。 撫子がうっかり見つかりでもしたら即政府に連行された挙げ句に、キングによるキングの為のキングの監禁という撫子の人生終了フラグがたってしまう。 せっかく連れてきたのにそんなことになったら、なんてことを思うと円は脳みそが沸騰するんじゃないかってくらい腹が立ってくる。 やっぱあの時ボコボコにしておくべきだったかなーなんて、ちょっと不穏なことを考えてた円の目に、見慣れた後ろ姿が映る。 烏の濡れ羽色した長い髪に、白いワンピース。 くすんだ色彩しか見いだせないこの世界で、ぽつんと浮き上がった彼女のトーン。 「……………」 円だって銀髪に白いファーなんていう真っ白ファッションではあるけれども、きっと自分はここまで浮きはしないだろうなと円は思った。 染まりきっている自覚はある。 だって政府なんて所にいて、働いていたのだし。 どっぷりとこの世界に染まりきっている。 だけど、撫子は違うのだ。 撫子は、望んでここにいるはずなのに、違う。 いつまでたっても染まらないし、染められない彼女の色彩。 本当なら、ここにはいなかったはずの彼女の。 胸が、苦しいような、焼け付くような、気が、した。 ―――撫子を突き飛ばした。 ―――――この、腕で。 ちらりと円の頭を掠めた、悪夢に少しだけ震える。 あれは夢だ。 けど、現実でもある。 だって自分は一度、彼女を 「円?」 ずるずると嫌なことばかりを回想してた円の耳に、自分を呼ぶ撫子の声が届く。 俯いていたらしくて、下を向いていた視線をあげれば、円の顔の前で手をひらひら揺らす撫子がいた。 「………何やってるんです?」 「呼んでも反応がないからよ」 「あなたねぇ……」 だからってそんな子供みたいなことしないでくださいよ、とか。 央がご飯作ったんだからさっさと帰りますよ、とか。 言いたいことは沢山あった円だけども、きょとんとして自分を見る撫子を見てたら何かもうどうでもよくなっちゃって、大きくため息を吐いた。 「え? 何なの?」 「別に良いでしょ、ほら早く帰りますよ。……央のご飯、食べたくないんですか?」 「そんなわけないでしょ、帰るわ!」 早足で歩き出した撫子を見て、円は思う。 「………かわいい」 絶対本人の目の前じゃ言わないけど、言わないけど、心の底からそう思った。 と、同時に気分が何だか浮上してくる。 どうしたって自分が撫子にしてしまったことは、消えないし、消そうとも思わない。 それなのに幸せになってしまった自分に、これからどんな罰があたるのか。 どんな罰でもかまわないから、とにかく。 ぼくに全てが降りかかりますように。 円は、願う。 101207 title/群青三メートル手前 |