どうか貴方が、わたしを忘れて幸せに生きられますように ※帰還ED後 鷹斗が公言してはばからないことの中で「撫子がいなくなることなんて考えられない」というものがある。 まあ、よその方々が聞けば「なによ、惚気るのやめてよ!」とか言いたくなるような発言だけれども。 撫子にとって、その台詞はどうしてだか背筋にうすら寒いものを感じてしまう、どこか恐ろしいものなような気がして、どうにもダメなのだ。 「ねえ、鷹斗」 「ん? どうしたの撫子」 「あのね」 「うん」 気にかけてくれないよりは遙かに幸せなのかもしれないけれど、でもこれはどうなんだろう。 「……私、もう大丈夫だと思うの」 ベッドに横たわった撫子はため息を吐いた。 けれど鷹斗はふっと笑みを消した顔をして、ベッドの撫子のおでこにかかった髪の毛をはらう。 「大丈夫じゃないよ、撫子。風邪は治りかけが一番危ないって言うじゃないか」 「……とりあえず病気に関することなら私の方が詳しいと思うの」 「医者の不養生っていうよね」 「………」 「無理して何かあったら一大事じゃないか」 「………鷹斗は心配し過ぎだわ」 やんわりと笑った鷹斗に「体拭こうか?」なんて言われて、「結構よ」ってため息交じりにお断りした撫子はベッドの上に身を起こす。 どこか残念そうな彼からタオルを受け取って、首や額の汗を拭いそして体を拭くべく野郎を部屋から叩き出した。 「……………ふう」 たしかにレポートで忙しくて不規則な生活を送っていたのは認めるし、約束の日体調が悪かったのも認める。 うっかり出かけ先で具合を悪くしたのはたしかに自分が悪かったのだということもわかる。 しかし、一週間。一週間だ。 具合の悪くなった撫子を鷹斗が自分の部屋のベッドに叩き込んでから、実に一週間。 厳格というか親馬鹿全開の父親からどうやって許可をとったのか、自分の職場はどうしたのか、鷹斗はこの一週間甲斐甲斐しく撫子の世話をしていたわけである。 いくらなんでもやり過ぎだと、撫子は何度目かわからないため息を吐いて、部屋の外にいるであろう鷹斗を呼んだ。 「拭き終わったの? 着替えは大丈夫?」 「……鷹斗、何回も言ってるけど私、もう大丈夫だから」 「でも……」 「鷹斗」 「………うん」 しゅん、と落ち込んだ様子の鷹斗を見て、なんとなしに罪悪感を覚える撫子だけどもいやいや別に私は間違ってないって思いなおして、改めてじっと鷹斗を見つめた。 「ねえ鷹斗、いくらなんでもこの一週間はやり過ぎだわ。一体どうしたの?」 「……………」 「鷹斗?」 名前を呼んで、合せた鷹斗の瞳に。 ゆらゆらと、不安の色が揺れていた。 何を不安に思っているのか、何が不安なのか。 あくまでも、撫子は軽く風邪をこじらせただけなのだ。 しかも、症状の出始めにやや強制的にではあるけども安静にしていたから、それ以上に症状は悪化もしなかった。 別に命の危機だとかそんなことはなかったのに。 「こんなこと言ったら笑われちゃうかもしれないけど」 「……? うん」 「……………撫子が」 ―――――死んじゃう夢を見たんだ。 ぴたりと、空気が固まったような気がした。 俯いた鷹斗から表情をうかがうことはできなかったし、撫子はどうしていいのか、何と言ってやればいいのかわからなくて、とりあえず黙りこむしかない。 「それ、夢よね」 「……うん、そう思ってたんだけど」 「けど?」 「撫子が目の前で倒れそうに、なって……」 「あ……」 撫子は自分の迂闊さに、自分自身を思いっきりぶん殴ってしばき倒してやろうかと思うくらいに悔んだ。 まあ、普段から「君が一番大切なんだ」とかなんとか言ってくれている彼氏様である。 ただでさえ嫌な夢を見て気分が落ち込んでいるときにうっかりふらっと来てしまったのだ。 悪夢と現実のダブルパンチ。 撫子自身が鷹斗にとどめを刺したようなもんである。 「……ごめんなさい」 「うん」 「今度から、ちゃんと体調に気をつけるわ」 「うん……あのさ、撫子」 「はい?」 「抱きしめていい?」 「………いいわ、よ」 ぎゅうと抱きしめられて、ああそう言えばシャワー浴びてないしちょっとまずいなあとか思いつつ撫子は鷹斗の背中をかるくぽんぽん叩いてやる。 こんな調子で、うっかり自分が病気なり事故なりで倒れでもしたら、この人はどうなっちゃうんだろうと撫子は考える。 考えて、怖くなったのですぐに考えるのはやめたけれど。 「長生きしなきゃね」 「………撫子?」 「…………何でもないわ」 101201 title/群青三メートル手前 |