僕が他人 誰かの悲鳴が聞こえたような気がして、ヨウスケは目を開けました。 その目に映るのは、いつも通り自室の天井で、それを確認するとむくりと起き上がります。 「……………?」 ほんのすこしだけ、体の芯にけだるさを覚えたことに首を傾げて、彼は寝汗を流すためにシャワーを浴びようとベッドから降りました。 昨日は随分と早くに床についたはずなのに、どうしてこうだるいような感じがするんだろう? そんなことを考えながらシャワーを浴び終わると、無造作に髪を拭いてから制服に着替え、彼は少し早めに部屋を出ることにしました。 「アキラ?」 「………っ!」 朝のうちに昨日出来なかった練習でもしようと練習室に向かう途中で、ヨウスケは見慣れた小さな背中を見つけました。 挨拶でもしようかと彼女の名前を呼んだ瞬間、びくりとその背中が震えたことを、彼は見逃しません。 アキラがまるで脅えたように見えたのです。 「お、はよう! ヨウスケくん、今日は早いんだね!」 「………アンタ、何かあったのか?」 「何にもない、よ?」 いつも通りの表情を浮かべて喋っているアキラですが、ヨウスケとの間に微妙な距離をとっています。 それを訝しがるヨウスケですがアキラは何もないと言うばかりで、その内「仕事があるから」と居なくなってしまいました。 「………?」 よくわからないまま彼女と別れ、練習室に入ったもののさっきのことが気になって気になってしょうがありません。 何も脅えられるようなことをした覚えなんてヨウスケにはないのです。 昨日は少し早く眠りについたこと以外、特に変わったことはなかったのですから。 集中できないまま朝が過ぎ、訓練の時間がやってきてしまいました。 さすがにこれは命がかかっているのでサボるというわけにもいきません。 アキラの様子を気にしつつも、ヨウスケは訓練に向かうことにしました。 しかし、気もそぞろな彼の訓練結果は言わずもがな。 タクトからも「集中しろ! 訓練だからといって手を抜いていいというわけではないんだぞ!」などと怒られてしまう始末です。 自室のベッドに横になってため息を一つ吐くと、ヨウスケは目を閉じました。 最近、どうも疲れやすいなとぼんやりと考えます。 戦闘も少なく、平和と言っていい日常を送っているだけなのに、どうしてこんなに気だるさが体に纏わりついて離れないのか。 全く答えが見えないまま、ヨウスケは眠りにつきました。 誰かの悲鳴が聞こえたような気がして、ヨウスケは目を開きました。 その目に映るのは、いつも通り自室の天井で、あるはずです。 いいえ、そうでなければならないのです。 けれど、彼の目に映ったものは。 「………や、だ…ヨウスケく………」 瞳いっぱいに涙をため、白い肌に鬱血の跡を大量に残したアキラだったのです。 驚いたヨウスケでしたが、それ以上に愕然としてしまうようなことに気付いてしまいました。 体が、全く自由にならない。 自分の体であったはずなのに、何一つとして自由になりません。 泣き叫ぶアキラを、ただ見ているしかない現状にヨウスケは絶望します。 その時、彼の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきました。 ―――止めなくたっていいじゃねぇか ―――お前、アキラが欲しかったんだろ? こんな形で奪いたくなんてない、そんなヨウスケの否定を声は嘲笑います。 ―――うそつけ 笑い声が頭に響く中、涙にあふれたアキラの瞳に、紅く輝く自分の瞳を見たような気がして、ヨウスケの意識はそこで途切れました。 この先、自分が彼女に何をするのか。 もうそれもわかりません。 Robbery/力づくで奪うこと title/ユグドラシル 100716 |