既に奪われていた件について

いつもの通りにバンドの練習を行う五人と、それを冷やかすヒジリ。後一人が来れば完成するいつもの練習室は、今日もとても賑やかです。

一通りの練習を終わらせて、休憩していたヒロがドアを見つめて呟きました。

「……アキラさん、来ないね」

その一言に、全員がドアを見つめますが、一向に開かれる様子はありません。

「確かに、いつもならもう来ててもおかしくない頃だな」
「……仕事が忙しいのだろう? 疑問に思うことでもない」

心配そうなユゥジに冷静にツッコんだタクトは、手に持ったギターを鳴らし始めます。

「大体彼女は教官だぞ? 毎回毎回ここに来ていることの方がおかしいんだ。そこまで心配するほどのことか?」
「おいおい、そんな言い方………」

にべもない言い方に、異を唱えようとしたユゥジでしたが、がちゃりとドアが開いたので、口を閉ざしてそちらに視線を向けました。

「みんな、今日も頑張ってるね!」

ドアを開けたのは当然彼らの教官です。確認すると同時に、ヨウスケが声をかけます。

「今日は遅かったな……忙しかったのか?」
「あ、ううん。……実は寝坊しちゃって」
「チッ…働き過ぎなんだアンタは」
「あはは……」

どこか疲れたように笑うアキラを見て、ヒジリがにやにやと笑いながら呟きました。

「何? 夜更かしでもしてたわけ?」
「え?」
「ほら、そこ。……キスマークなんかつけちゃって」
「え? え?」

ヒジリの発言に首を傾げているアキラを見て、声を上げて笑い出した彼は目尻に浮かんだ涙を拭います。

「きょとんとすんなよ冗談だって冗談。……虫さされかなんかだろ」
「当たり前だ! 見えるところに跡を残すようなミス、この僕がするはずがない!」
「……………は?」

タクトの思わぬ発言に、その場にいる全員がぴしりと音を立てて固まりました。

彼の発言は、要約すれば「跡を残すような行為をしました」と言っているようなものです。そうすぐに流せるようなモノではありません。

「……タクト?」
「なんだ」
「今のはどういう……」
「後でにしてくれ、おいアキラ!」

とりあえず問いただそうとしたユゥジを遮り、タクトはつかつかとアキラに歩み寄ります。

「なぜ来たんだ、寝ていろといっただろう!」
「だって、みんなのことが気になったから……!」
「あなたは僕だけを気にしていればいいんだ! 戦闘時ならともかく、せめて日常くらいは……」
「そんなわけにはいかないってば」

言い争いを始める二人を五人は呆然と見つめていましたが、ふと正気にかえって全員ゼノバイザーに手をかけました。



その後どうなったのかは、サブスタンスとオチャズケのみが知っていることでしょう。

Yet/既に
title/ユグドラシル
100710
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