見るし、聞くけど、言わない。

 自分が好きになったのは、分け隔て無く優しさを与える彼女であったはずなのに、と颯斗は考える。
 通りかかった保健室の前。颯斗が足を止めたのはその中から聞き慣れた声が聞こえてきたからだ。

「とりあえず消毒と絆創膏はしたからね」
「あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして。うん、痛みが続くようだったら病院行ってね」
「わかりました!」

 がらり、とドアを開けた男子生徒の顔はひどくしまりがなく、嬉しそうに絆創膏の貼られた指を見つめている。
 自分の横を通り過ぎていく彼を見送って、颯斗は再び歩き出す。
 どうも、気分が悪いような気がする。

「ここでしたか」
「おー、青空か」
「なにをしているんですか?」
「見りゃわかんだろ、昼寝だ」
「もう放課後ですが」
「じゃあ夕寝だ」
「……………」

 中庭のベンチで横になっている保健医を見つけて、声をかけた颯斗は勤務中であるはずの彼の発言に脱力した。
 堂々とサボっていますと言っているに等しい。

「とりあえず保健室に戻っていただけませんか?」
「夜久がいるだろ」
「元はあなたの仕事でしょう」
「……まあ、そろそろ戻ろうかと思ってたとこだ」

 じっと自分を見つめる颯斗の笑顔に何かを感じ取ったらしい彼はむくりと身を起こすと、大きなあくびを一つして、保健室に向かって歩き出す。
 その背中が確かに校舎に消えたのを確認して、颯斗は生徒会室に向かうことにした。
 ぐつぐつと何かが煮えているような、ぐちゃぐちゃと何かが腐っていくような、そんな嫌な感覚が腹の底にあって、消える気配もない。

「あ、颯斗くんこれから生徒会?」

 笑いながら自分の方へ歩いてくる月子を見て、颯斗も笑った。
 腹の底にある不快感は一層増してくるばかりで、今現在自分はうまく笑えているのかわからない。

「保健係の仕事は大丈夫なんですか?」
「うん、星月先生が戻ってきたから」

 自分がそうしたことは、なぜか話し出せずに颯斗はため息を吐く月子を見る。
 好きになったのは誰にでも優しい彼女であったはず。
 それなのにどうしてこんなに気分が悪いのだろう。
 颯斗にはそれが理解できない。



 理解したくないだけなのかもしれないけれど。

Jealousy/嫉妬
title/ユグドラシル
100608
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