Cry for the moon 人類で一番最初に月に立ったのは、アメリカのなんとかさんだと、何かの授業で聞いた時に、七海哉太はどうして自分じゃないのだろうと本気で考えた。 そんなのはその時代に彼が生まれていなかったからであって、そう悩むほどのことなんかじゃないんだけど、当時の哉太はずっとずっと考えていた。 ―――どうして最初に月を踏むのは俺じゃないんだろう? ぱっと見ただけでも浮き足立っているのが丸わかりな幼なじみがこうなったのはいつからだったか。 桜が散って向日葵の咲いた頃? 仄かに冷たい風に色付いた木々の葉が舞い散る頃? 降り積もる雪が全てを白く染める頃? 何かあったのか、なんて聞かない。何かあったなんてことは見ればわかる。だから哉太は何も聞かない。 ただぼんやりと、昔頭を悩ませたあの疑問を反芻する。どうして、どうして、どうして――― ―――どうして最初に月を踏むのは俺じゃない? ごほごほと咳き込んで、しゃがみ込んだ哉太は昔から答えの出せなかった問題をじっとしながら考える。ひどく呼吸が苦しいと思った。 何かあったなんてことはわかる。わかるのに。 そこに俺はいない。いないんだろう? 月子。 どうして、どうして、どうして、どうして――― 最初に踏みたかった。 オレは、お前という存在を最初に汚してしまいたかったんだよ、月子。 100522 Cry for the moon (ないものねだり) 企画『Cry for the moon』参加作品 |