愛するお手々でないない

「先輩、髪切っちゃいませんか?」
「へ?」

 突然何言ってんだコイツ、って顔を隠さずに自分を抱く梓に月子は顔を上げた。
 わざわざそんなこと言いに、侵入不可とされている教員寮にほいほいやってくる根性のあるヤツがこの世にいたのか、って月子は半分くらい関心していたんだけど。

「………笑わないでくださいよ」

 どうやら梓は月子の顔から、本人の意図しないメッセージを聞き取っちゃったらしくて、ムッとした顔を隠しもしない。
 月子としてはそんなつもり微塵もなかったので、拗ねちゃった彼氏様をどうしようかと色々考える。

「ね、梓君。いきなりどうしちゃったの?」

 考えるには情報が少なすぎるってことで、月子は問う。自慢じゃないけどここまで伸ばした髪は毎日きっちりお手入れしているし、枝毛の一つも無いと月子は自負している。「髪だけはきれいだよなお前は」なんてほざきやがった幼なじみをグーでぶっ飛ばしちゃったのは今日の昼休みだ。
一体何がどう気に入らなくて髪を切れなんて梓は言ってくるのか。

「ねえ」
「先輩の髪は」
「?」
「先輩の髪はきれいですよね。さらさらしてて触り心地も良いし」
「……ありがとう?」

 じゃあなんで切れって言うのさ。って思った月子は首を傾げてじっと梓を見つめた。
 さらさらと流すように月子の髪を弄んでる梓の目は、月子を見てるようでどこか遠いなにかを見ている感じで、妙な居心地の悪さを与えてくるから、月子は困る。

「あの、梓君?」
「きれいだから、変な虫が寄ってくるんでしょうか」
「へ?」

 虫? って月子が呟く前に、梓が指に絡ませた亜麻色を思いっきり引っ張ってきたもんだから、当然月子は悲鳴をあげた。

「いっ……ちょっ、やめ……あず…」
「このまま引き抜いちゃえば、いいんですかね?」
「や……っ」

 ぶちぶちぶちっと何本かの髪が頭皮とお別れする音が聞こえて、月子はぞっとする。本当に全部抜く気なんじゃないかって、そう思ったから。

「痛いですか? やめて欲しいですか?」
「や、やめ……て」
「じゃあ約束しましょう、良いですか先輩?」

 ぶちぶちという断末魔のような音はまだ続いてて、痛いのと怖いのとで何がなんだかわかんなくなっちゃった月子に、梓はこう言ったんだ。



「僕以外のイキモノに簡単に触らせないでくださいね?」

Caress/愛撫
title/ユグドラシル
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