今回の暗殺現場は飛行船も車も通れない奥地にあった。仮に飛行船を使ってもパドキアまで二十時間以上かかるそこで仕事を終えた私達は、近くのホテルで一泊してから帰る予定だった。のだけど、

「え?部屋がひとつしかとれてない?」
「はい、イルミ=ゾルディック様とナマエ=ゾルディック様二名で一部屋の御予約となっておりますが」

ふきだしそうになった。誰がナマエ=ゾルディックだ。イルミとはビジネスパートナーであって、家族でもなければ夫婦でも無い。一体なんの手違いだよ。

「今から他に部屋とれますか?」
「あいにく本日は満室となっておりまして」
「この近辺のホテルは…」
「さきほど空室確認の連絡を致しましたところすでにどこも満室のようでして」

申し訳ございません、と頭を下げる受付嬢の前で、私とイルミはどちらからともなく顔を見合わせる。

「まいったな。うちの執事の手違いか」

イルミは小首をかしげて息をついた。ここは気をつかうべきなんだろうな、と率先して口を開く。

「しかたないね。ひと部屋でもあるだけありがたいし、一緒に使おうか。」
「それでいいの?俺は男だからかまわないけど」
「宿泊費用はゾルディック家持ちなのにイルミを外で寝かせるわけにいかないじゃない。昨日今日の付き合いってわけでもないし平気だよイルミとなら」
「ずいぶん俺を買ってるんだね」
「そりゃパートナーだもん。買ってるし信頼してる」


チェックインを終えてルームキーを手にした私達。
エレベーターが動き出す。静かすぎる機械音に運ばれる。奥に背を持たれて立つイルミがぼそりと言った。

「…信頼されても困るけど」

ボタンの前に立っていた私は首をかしげる。

「え、なにそれどういう意味」
「そのままの意味だよ」
「今ごろ言わないで」
「だって手を出さないなんて保証できないし」

え、まいったな。イルミには力じゃ勝てっこないし。

「寝首かかれるのはやだ。それだったら、正々堂々決闘しようよ。受けて立つし」
「ちょっと待ってお前なんの心配してるの?」
「何って?命の心配だけど」

するとイルミはあきれた様子で私にガンたれてきた。なによ。

「お前のそういうところムカつく」
「……そういうところってどういうところよ」

はっきり言ってよね。

「……俺は快楽殺人者じゃないんだ」
「だから?」
「だから?ーー言わせるなよ。わかるだろ」

わかりませんが。もう少し丁寧に説明してくれないことには。そう言ったら寝首と言わず今ここで殺されそうだからやめておいた。不機嫌なイルミは放っておくに限る。
こうして私達は、同じ部屋で一晩を過ごすことになった。



「今日の仕事けっこうハードだったよね。もー汗だく!」
「そう?」

答えるイルミは汗ひとつかいてない。

「わー涼しい顔しちゃって…これだからハイスペックな暗殺技術をお持ちの方は」
「まあ俺は確かにスペック高いけど」
「わあ認めたよ」
「でもお前は無駄な動きが多いから余計な汗かいて疲れるんじゃない?」
「かっちーん。今に見てなよ!次一緒に仕事するときはぎゃふんと言わせてやる」
「ぎゃふん」
「キイイ真顔で言わないで!ムカつく!」
「仕方ないだろ、こういう顔なんだ」
「もういいお風呂入ってくる!」
「…は?」
「なに?」
「お前が先に入るわけ?」
「うん、イルミ汗かいてないんだし、いいでしょ」
「よくない。俺が先に入るから」
「なんでよ!」
「なんでも」
「レディーファーストって言葉を知らないの!?」
「知らないね。お前の入った後なんてやだ」
「なにその失礼!感じわる!」
「うるさいな…入るよ」
「あ!ちょっと!私が先だってば!」

けっきょくお風呂はイルミに押し切られて私が後に入った。
この際だからもうそれはいいとしよう。問題は食後だった。

「なんでお前ベッドで寝てるわけ」
「なんでって?ソファあるんだし、イルミそっちでいいじゃない」
「よくない。あんな小さいの足がはみ出る。お前ソファ」
「お風呂は先譲ったんだからベッドは私!」
「先に入ったのはお前のためだろ」
「え?なんでそれが私のためなのよ」
「…お前さ、女の自覚なさすぎ」
「はい?」
「とにかくベッドは俺だから」
「意味わかんない!」

イルミは私の足首をズルーっと引っ張る。私はシーツをつかんで抵抗したもののけっきょくシーツごと床に落っこちた。

「いたい!暴力はんたい!」

訴えるもイルミはどこ吹く風で私からシーツをはぎとりくるまってベッドの上に横になった。

「じゃ、おやすみ。電気消しといて」
「誰がおやすみできるか!」

シーツにくるまってイモムシみたいになってるイルミを真横から蹴っ飛ばした。彼を怒らせるようなことはビジネス上避けたかったんだけど、これはもう我慢ならない。おぼっちゃまとはいえワガママがすぎる。

「何するんだよ」
「こっちが聞きたいよ」

ベッドを取られまいと上に大の字になって守りながら言い返す。

「いいかげんにしろよ。お前ワガママすぎ」
「イルミにだけは言われたくない!」
「…あっそう」

臨戦体勢でにらみ上げるとイルミはぱっと目をそらしてソファの方へ行ってしまった。向けられた背中の向こうからため息が聞こえた。あれ?何この感じ。
ソファに寝たのを確認して声をかける。

「電気消すよ」
「ん」

背中の向こうからイルミの短い返事。電気を消す。そういえば神経質で寝つきが悪いとか言ってたっけ。…もしかして怒らせた?
どうしよう。でも私そんなに悪いことしたかな。
電気を消す前に見たイルミの体はソファからはみ出していて寝心地が悪そうだった。暗闇で寝返りの音がしてる。やっぱり寝付けないのかな…。

「あの、イルミ…」
「何」

苛ついたような口調。本当に怒ってるんだ。やだな、この空気。

「えーと…」
「……何、ベッド譲る気になった?」

よどんだ空気と重苦しいイルミのオーラが伝わってくる。でもだからって譲るのは違う気がした。

「ならない」
「…ふうん」
「そうじゃなくてイルミ!」
「うるさいな。もう寝るから話しかけないで」
「怒らないでよ。じゃあイルミもこっちに来て一緒に寝よう」
「は?」

その瞬間イルミの苛立ちが一気に爆発したのがわかった。空気が歪んだ熱を持ち出す。嫌なオーラを発しているせいで暗闇でもイルミのいる場所がはっきりとわかった。なんでこうなるの。なにか怒られるようなこと言ったっけ?

「お前自分の言ってることわかってるの」
「ーーわかってるよ?イルミはソファじゃ眠れない。わたしはベッドをゆずりたくない。だから一緒にベッドで寝ようって話」

いい案だと思うんだけど、とイルミのいる方を見る。暗くてよく見えないけど上半身を起こしてこっちを見てるようだった。

「刺すよ」
「え、やだ。なんでよ?」
「言わなきゃわからないの?」
「なにが?」

イルミは特大のため息をついた。

「お前、俺に性欲がないとでも思ってる?」

言っている意味を理解するのに何秒かかかった。時間が止まったような気さえした。

「性欲、あるの?」

やっと言葉を返したとき、見るともなしに天上を見つめていた視界に黒い影が入り込んできて、思わずぎょっとする。

「ぎゃああ貞子」

あわてふためき、飛びのいた勢いでベッドから転がり落ちた。幸いなことに下にはふかふかの絨毯が敷いてあったので痛くもかゆくもなかったけれど、貞子、もといイルミはわたしを逃さなかった。シーツを身体に巻きつけたまま無様にベッドわきに転がったところに黒い影はおおいかぶさってくる。冷静な声がした。

「あるかどうか確かめてみる?」
「え?」
「性欲」

え?ともういちど言いかけたら柔らかい感触にくちびるを塞がれた。

「んん〜〜」

なに。え、タイム。なにこれ待ってよ。

「俺さ、お前のことが好きなんだよね」
「ーーは、?」
「だからこれは不可抗力」
「ほ?」
「これでも結構我慢してたんだけど、でもお前が馬鹿みたいに煽ってくるからもうやめた。遠慮してんのがバカバカしくなったよね」
「ちょっと、意味がよく…」
「だから、抱きたいって言ってるの」
「え、は?ほんとに、ちょっと、待って…」
「待たない」

ジタバタと暴れてみても、暗殺技術以外にもいろいろとハイスペックな彼の前ではなんの意味も成さない。あ、おわったな、わたし。
16/06/11



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