「ハニートラップ?君が?」
「うん。明日の仕事で使おうと思って」
平然と言う彼女にあきれて物が言えなくなりそうだった。
「やめなよ。絶対向いてないし、失敗するよ」
「なんでそう言い切れるの?」
やってみなきゃわからないじゃない、とナマエはむくれる。
「わかるよ」
その肩をやんわりと、でも確実に突き飛ばす。
「えっ、なに、シャル…?」
よろけて壁に背をついたナマエに、距離を詰めてそっと手を伸ばす。とたんにナマエの瞳が大げさに揺れた。逃げ場を探している被食者みたいに。
「ハニートラップっていうのはさ、こっちが絶対的な上に立って相手の心を思い通りにあやつらなきゃいけないんだよ」
「わ、わかってるよ…」
どこがだよ。心の中で冷笑する。
顔の両側に手をついて閉じ込めるように囲いこむと、ナマエは身構えるようにぎゅっと眼をつぶってうつむいた。追いうちをかけるように、赤く染まった耳に口を寄せてささやく。
「ーーどんなことをされてもだよ?」
「っ、そこでしゃべらないで…」
ナマエは肩をすくめて俺の声に反応する。耳が弱いのは知ってる。身体中どこがいいか知ってる。ナマエには無理だよ。だって弱点だらけじゃないか。
「だいたい昨日の夜だって俺にされるがままだったろ」
少し冷ややかに言うとナマエはびくりと肩を揺らして縮こまった。それでも意地になっているらしく首を横に振る。
「…おぼえてない…」
「あっそ。いいよ。じゃあ今思い出させてあげる」
腰をなぞる俺の手に、ナマエはぎくりと顔を上げて、なんとか逃げようと俺の胸を押し返す。その手首を掴んで壁に縫いつけナマエの服の中に手をすべりこませた。一番弱いところをせめていく。
「あっ…や、…シャル、っ、」
簡単に息を乱すナマエを見て、ほらやっぱり、と思う。こんな身体で男に色仕掛けをしようだなんて言うから笑わせる。
「……っ怒ってるの?シャル…」
ナマエは目のふちに涙をためて消え入りそうに見上げてくる。俺はにっこり笑ってうなずいた。
「もちろん」
そんな手段を取ろうと思ったことも、それを平気で俺に言ってくる無神経さにも、腹が立たないわけがない。それと単純な嫉妬が入りまじって笑えてくる。ハニートラップだって。面白いよね。絶対にそんなこと許さない。
「泣いてもやめないから」
苛立ちを込めて吐き棄てると、身体の下でびくりとナマエがふるえた。俺はもうやさしくできない。
2016/04/17