リビングで朝食の準備をしているのを見つけて声をかける。

「ナマエー?」

返事はない。ナマエはコンロの前でフライパンを見つめたまま動かなかった。

「ごめんね?」

ナマエはそれでも俺を見ようとしない。

「私がそれ聞かされるの何回目か知ってる?」
「悪かったよ」
「シャルってそれしか言えないの?」
「本当に反省してる。俺にはナマエだけだよ」
「女物の香水と石けんのにおいさせて朝帰りした人の言葉って信じるべき?」

アハッと声を上げて俺は笑う。ナマエの言うことは最もだ。俺だって、自分で口にしたそばからなんて安っぽい言葉だろうと思う。それで納得するのは馬鹿な女だけだ。ナマエは馬鹿じゃない。だけど、本当に俺にはナマエしかいないと思う。

「他の女と寝たからこそわかることってあるよね」

最上級の笑顔で無神経を吐いたら、頬に痛みが走った。避けようと思えば簡単にできたけど、罪悪感がないこともないから受けた。
手の平の向こうには必死に涙をこらえてくちびるを噛みしめるナマエが見えた。目の下にクマができている。昨日は寝ていないんだろう。連絡も入れずに帰らなかった俺のせいで。どこかで事故に巻き込まれているかもしれない、死ぬような目に遭って動けないでいるのかもしれないと様々に俺を心配して眠れずにいるナマエは簡単に想像できた。
かわいそうにと、頭の隅でぼんやり思う。だけどそれ以上にたまらないと俺の加虐心が叫ぶ。俺は泣き出したいのをこらえているナマエの顔がどうしようもなく好きだった。この表情を見るためだけに浮気するのだと言ったらナマエはどんな顔をするだろう。
まぶたにキスするとナマエは苛立ちをあらわにして俺をにらんだ。

「…何するの。…私怒ってるんだよ」
「うん」

反対に俺は笑顔で見つめ返す。
今にも泣き出しそうな瞳がじっとりと俺を見上げる。その眼はナマエの言葉とは裏腹に、怒っているというよりもかなしみや戸惑いや不安が入り混じって揺れていた。駄目だ。もうこのままここで犯したい。
欲求のままに抱き寄せると胸を押し返される。

「やだ」

けれど、強引に腰を引き寄せて固く抱き締めてしまえばもうナマエに抵抗の余地なんてなかった。

「離して」

悲鳴のようなナマエのうったえを無視して、首すじからゆっくりと耳までくちびるでたどっていく。耳の中に舌を差し入れて舐めあげるとナマエは小さく身体を震わせた。
それから俺が何をはじめようとしているのか悟って、するどく俺の手を振り払った。

「最低。…さわらないで」

ナマエはかすれた声でそう吐き捨てると、俺に背中を向けて崩れるようにしゃがみこんだ。今度こそきっと泣いている。
ほんの一瞬どうやってなぐさめるかを考えたけど、すぐに、たいして本気でとりつくろおうと思っていない自分に気がつく。けっきょく俺の中にあるのは嫌がるナマエを見てしたいって欲求だけだ。本格的に謝るのはいつだって全部し終えてナマエがぼろぼろに傷ついてからだ。
隣にしゃがみこんでそっと肩に手を置く。ナマエは力無く首を横に振ってさらにそっぽを向いた。
ナマエは泣き顔を見られるのが嫌いだ。もう三年一緒に暮らしているけどこんなとき決まっていつもナマエは逃げたがる。でも、俺はナマエの泣き顔を見るのが好きだ。
逃げるように立ち上がりかけたナマエの腰を、腕でからめとって床に組み敷く。ナマエはもう抵抗しなかった。おおいかぶさる俺に、ただ腕で目元を隠して静かに言った。

「どいて」
「無理だよ。ナマエを抱きたい。自分でもどうにもならない」
「…しんでよ…」

弱々しく、けれど確固たる意志をもってナマエは俺を拒絶する。手首を掴んで無理やり腕をどけさせると、その下から現れた真っ赤な目と視線が合った。ナマエは苦しそうにまたくちびるを噛んだ。それを他のどんな女よりもかわいいと思った。
血がにじみだしたそこを俺は指でなぞってキスした。

「傷になっちゃうよ」
「シャルナークのせいでね」

軽蔑したように俺を見上げる目に、快感が背筋を駆け抜ける。このいっぱいいっぱいの強がりを何もかも暴いてしまって屈服させるのが、どうしようもなく好きで仕方なかった。
ナマエのシャツをまくり上げてじかに触れる。声を我慢していっそう強くくちびるを噛みしめるナマエの、弱いところをひとつひとつ指先で丹念に責め立てた。我ながら良い性格をしてると思う。

「………ぁ」

中に指を突き立てると、ナマエはこらえきれずに小さく声を漏らした。それを合図に俺は理性を手放した。
数日もしないうちにきっとまた俺は安っぽい女物の香水をただよわせながら朝帰りをする。ナマエを泣かせるためだけに。泣かせては組み敷く。そのくりかえしだ。
それでも俺から離れられないナマエと、そんなナマエを支配したい俺。どうにもならないサイクルを二人しょうこりもなく続けている。
2016/04/10



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