ごうごうと音が聞こえる。雨が降っているのかと思ったが、ぼんやりと白くかすむ視界の端で、リビングにいる乱菊が洗濯物を抱えているのが見えた。その洗濯物の量から、今日は天気がいいのだろうと悟った。それならば音の正体は、と思いながら目をこすってぱちぱちさせる。僕が目を覚ましたことに気づいた乱菊は、洗濯物が詰まったかごをぽいっとベランダに放り出すと、慌てたようにキッチンに向かう。ごうごうと鳴っているのは換気扇だったのだろう、それのスイッチを切りにいったのだ。僕はまどろむ思考の中、はあと深いため息をつく。
「やめてへんやんか……」
 柔軟剤の花くさいにおいに混じって、かすかに煙草のにおいがした。

 煙草をやめると言い出したのは乱菊のほうだった。僕だって自分が煙草をやめる日がこんなにも早く訪れるとは思っていなかったが、数週間前からか、乱菊がおかしな咳をするようになったのだ。喉の調子が悪いというのは喫煙者ゆえに受け入れていたけれども、ひゅうひゅうと空気が漏れるようなおかしな音に僕のほうが気になって、病院へ連れていくことにした。煙草のせいで声帯と気管支がやられていたらしい。
 病院の帰り、乱菊はビニールの袋にまとめられた大量の飲み薬を抱きしめながら泣きそうな顔をして、「あたし煙草やめたくない」といった。帰宅してから、僕は乱菊の前で煙草を吸うのをやめたのだった。
 それから僕のほうはスムーズにとはいかないまでもなんとか禁煙をすることに成功したのだったが、当の本人はやめるどころかその本数を減らすことも困難なようで、そのくせ、先週のことだったか、突然今日から煙草をやめるといって、ライターも灰皿も捨ててしまった。カートンで買っていた煙草を吸い終えたからという乱菊と僕は約束をした。約束をしておかないときっと彼女はすぐにまた煙草を吸い始めると思ったからだ。煙草をやめると、約束をした。
 それがである。まだ一週間も経っていないのに、隠れてこそこそ煙草を吸われるのは僕が見つけただけで3度目だ。
「乱菊」
 ベッドを出て乱菊の元へ向かうと、乱菊は僕から目をそらして、あらおはようなんていった。
「どこに隠しとるん」
「……、悪かったわ」
「自分でした約束やで。守れへん約束なら、最初っからせんならええのに」
 僕が責めると彼女は眉を寄せる。叱られた子どものような表情でもするのならまだかわいげがあるのだが、まるで教師に咎められる不良生徒のような顔をするのだ。悪かったといいながら、悪かったと思っていない。ほんの少しも。
「もう怒る気もせえへん」
 ホンマあきれたわ、と一言告げて、彼女の隣を通り過ぎる。体調のためだとか、そんなやさしいことをいっても彼女は到底禁煙なんてできない。彼女は煙草をやめたくないからだ。そんなに煙草をあいしているなら煙草と心中してしまえ。
 乱菊が僕のうしろで泣いている。


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