男を見るときは赤ん坊を見るような目で見なさい、というのがルッスーリアの口ぐせだった。そうすれば一番優しい顔で微笑むことができるわ、そう彼女――正しくは“彼”なのだがわたしは“彼女”と呼ぶことにする――はよくいっていた。自分のいとしい誰かを思い浮かべながらか、うっとりと宙を眺める彼女は、その口ぶりに似合わず、まるで初めて恋を知った少女のようだった。わたしもいつかそんなふうに誰かを心底愛し、同じような表情をつくることができたなら。最近凝っている自家製のパンも、今よりももっとおいしそうにふくらませられるかもしれない。
 そのカフェテリアのテラスにはわたしたちのほかに誰もお客がいなかった。いつもそうなのだ。薄い板で組まれた屋根はとても小さくて、太陽の光が容赦なく肌を焼く。わたしたちはそんなこと少しも気にしないのだけれど。
「そうしたらね、枕の下にピアスが落ちていたのよ。スワロフスキーがついているとても小さなピアス。これは誰のものなのかしらって聞いたら、俺のだよっていうの。彼、体のどこにもピアスホールなんてあいていなかったわ」
 ルッスーリアは口に手を当てて大げさに驚く。思い出したようにキャラメルマキアートから伸びるストローをくわえ、頬杖をついてうんうんうなずくと、みるみるうちにキャラメルマキアートがその水位を低くしてゆく。わたしはその光景のほうがおもしろくて、男に浮気をされた話のオチを告げるのも忘れ、彼女のカップをデジタルカメラに納めた。きれいにホイップされた生クリームとそれに垂らされたキャラメルソースがてらてらと光っている。
「それで、別れちゃったの?」
「ええ、その日のうちに海に沈めたわ。けれど生きているみたい。リボーンが見かけたっていってた」
「もったいないわー、ビアンキは彼と出会うために生まれてきたんじゃないかって思ってたの、わたし。美男美女でお似合いだったから」
「顔とお金だけの男なんてもうたくさんだわ」
 話している途中テーブルの横を通りかかったウェイターに、ルッスーリアは新しい灰皿を頼んでくれた。そういうところがすきだとわたしは思う。さりげなく世話を焼いてくれる友人というものはわたしが生活するにあたって必要不可欠なものだ。
すぐに戻ってきた若いウェイターはガラスでできた灰皿をわたしのラズベリーパイのとなりに置くと、チョコレートはおすきですかと聞いてきた。とてもすき、と答える。その間ルッスーリアは口を挟まずに微笑んでいて、一度姿の見えなくなったウェイターがコインチョコを両手にどっさりと乗せてテーブルに戻ってくるころには、化粧室にいくといって席を外していたのである。
「あらあら」
 テラスに戻った彼女はわざとらしくサングラスをかけ直しながら、積まれたコイン型のそれを指でなでる。
「こんなものが混ざってたわ」
 わたしがつまんで見せたのは小さな長方形の紙切れだ。ウェイターの電話番号とメールアドレスのおまけがついた、何十枚ものチョコレート。とても得をした気分になった。
「ずいぶん若い子だったわね。十代なんじゃないの。ビアンキの弟ときっと同じくらいよ」
「年下の男の子ってどんな感じなのかしら」
 彼女がチョコレートのアルミを剥いて、それをわたしに差し出してくれる。親指と人指し指でつまみながら、わたしと彼女はきっと同じことを考えて、ふふふと笑った。
「ねえそんなことより、ルッスが持ってるバッグ、どこの新作?」


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