電話越しにごめんの一言でも聞かせられれば、こんなにも腹が立つこともないのだろう。数年前よりも格段に派手になった黒の制服を見送りながら、わたしは思う。今日の約束はキャンセルに、その一言を伝えるためだけに走らされる彼の部下はあわれなものだ。けれどもわたしはきっと慈悲の心を持ちあわせてはいないので、その玄関のドアを開けるなり、へらへらと笑う使いっぱしりにビンタをくれてやった。赤く腫れた頬をあんたのとこの隊長に見せつけてやりなさい。次からはどうか、メールの一通でも届きますように。
 久しぶりにスクアーロがわたしの部屋へ来ることになっていたので、掃除も洗濯も昨日のうちに済ませてしまったし、まだ半分しか観ていなかったフランス映画のDVDも、待ち遠しんでいた友人に貸してしまった。夕方から買い物に出たくはないし、ひとりで飲みにいくのもなんだか惨めで気にくわない。ためいきをつくのも面倒だ。
 スクアーロは携帯電話をふたつ持っている。仕事用のそれと、プライベート用のそれ。わたしはほとんど仕事用のそれを見たことはないのだが、どうしてか、プライベート用だといっているほうの携帯にしょっちゅう彼のボスから電話がかかってくる。そうするとたとえ乾杯の途中だろうがセックスの最中だろうが、スクアーロは目の色を変えて、ワイングラスやわたしを放り出してボスの元へ向かうのだ。
 熱の冷めたベッドの中で、そんなにボスがすきならわたしなんかと寝てんじゃないわよと叫びたいのをこらえる。女の子は常に自分を一番かわいがってくれる男と一緒にいないとだめなのだ。幼い日の母のように。
 結局その日はひとり部屋でお酒を飲んで、シャワーも浴びずに眠った。お昼前に目が覚めると、さらさらとした銀色の髪がわたしの二の腕にまとわりついているのに気づいて、すぐにその顔を引き寄せて噛みつくようにキスをした。遅い。でも許してあげよう。


「意味わかんない、どうしてわたしがあんたのボスに会わなきゃいけないの。いやよ、あいつ、愛想悪いし態度でかいし……、ああでも、あんたよりも稼いでるわね」
「いつもの調子で猫かぶんなよ、M・M。あいつはそういうの、すげえ嫌ってるからなぁ」
 ボンゴレの十代目が来伊しているそうで、そのパーティーに誘われた。ワイフでもないのにそんなとこいけないわと断ったけれども、どうやらこうでもしないとわたしがザンザスに会わないと思ったらしい。どうしてか十代目からわたし宛に招待状が届いたのだ。すきなドレスを買ってやるといわれたので、それならばと首を縦に振った。
 正直なところ、とても居心地が悪く背中のあたりがとてもむずむずしていたけれど、スクアーロの肘にずっと手のひらを置いておくのは悪くないと思った。十代目にあいさつをして少しシャンパンを飲んだところで、スクアーロが別室にエスコートする。大広間の隣の部屋で、暗殺部隊陣はすきなようにお酒を飲んだりトランプをばら撒いたりして楽しんでいた。部屋の一番奥に彼はいた。
「連れてきたのか」
「ああ。いい機会だと思ってなぁ」
 まるで玉座のような豪華な椅子にゆったりと腰かけて、その横には大きなライオンが跪いている。わたしは赤い赤いその瞳を直視できずに、スクアーロの腕に回した手に力をこめた。
「沢田とは面識があるらしいな」
「数年前に会ったことがあるらしい。いい女だろぉ」
「ああ、カスにはもったいねぇくらいだ」
 スクアーロはボスに向かって、来年あたり籍を入れようと思っているといった。そんな話は聞いていないと思ったけれど、彼がわたしのことを当たり前のように紹介するので柄にもなく照れてしまって、うつむいたままどうも、とだけ口にした。
「しゃんとしろぉ」
 そういったスクアーロの顔を横目に見上げるとびっくりするくらいしゃんとした表情をしていたので、それに惚れ直したというのは、彼には告げていない。


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