いつか見た、明け方の空を思い出しては泣きそうになる。
 セックスが終わってから汗がひくのを待っているあいだ、ルキアがいった。となりに寝そべるルキアのからだに触れるとひやりとつめたかった。さっきまであんなに熱かったのにとすこし悲しくなって、彼女をあたためるように両腕を回して抱きしめる。まだ汗ばんだままの俺の腕が気に食わなかったのか、ルキアが眉間にしわをよせた。
「べたべたするではないか」
「さみいだろ」
 布団のなかの彼女の足に自分の足をくっつける。つめたい。高校を卒業してからあたりまえのように大学に進み、あたりまえのように医者になって、あたりまえのように家を出た。あたりまえのようにルキアは非番のたびに俺に会いにくる。そうしてあたりまえのようにセックスをする。もう何年もこんなことを繰り返している。
「いつか見た、って、いつ見たんだ」
 明け方の空のことを聞いてみたが、こたえは忘れた、だった。明け方といえばまだ学生だったころ、クラスメイトたちと正月に近所の神社で初日の出を見たことがある。まるまるとした太陽が徐々に姿をあきらかにしていくのは、正直なところ、気持ちが悪かった。細い雲が太陽を割るように横からかかっていく様子を見て残念がるクラスメイトたちをよそに、自分は心からほっとしたことを覚えている。とおく空のかなたに浮かんでいるまるい太陽に嫌悪感を覚えたことなどは一度もないのに、地平線のむこうからあらわれて暗い空をすこしずつ着実に明るくしていくそれが気持ち悪かった。橙というよりも赤に近い色をしたまるいかたまりが怖かった。
「いつ見たかは忘れたが、現世で見たものだった。太陽がとけているような空。あたり一面がまるで血のように赤く染まっていて、それがとてもおそろしかったのだが、とてもうつくしかった」
「こっちで?虚退治かなんかか。俺に会うより前か?」
「忘れた。一護、喉が渇いた」
 からめていた足が離れたと思うとベッドから蹴り落とされた。ベッドから出るとすぐに汗がひいて寒気がしたので暖房のスイッチを入れてからスウェットを着る。水、ココア、コーラ。いら立ちを含んだ声でそれだけ口にすると、負けじといら立ちを含んだ声で水と叫ばれた。冷蔵庫からミネラルウォーターを出してベッドに投げる。ルキアが布団にくるまったままペットボトルのふたを開けようとしたので急いで止めた。
「考えろよ、こぼれるだろ!寝たまま水飲むやつがあるか」
「いいではないか、所詮安物の布団だ」
「おまえどんどん白哉に似てくるな。どうせ安物だよ、でもな、干す時間すらねえんだよ」
 しぶしぶといったふうにルキアは体を起こし、上半身をあらわにしたままヘッドボードに背中をつけた。一度取り上げたペットボトルのふたを開けて手渡すとおとなしく口をつける。
「襦袢だけでも着とけ、風邪ひくぞ」
 フローリングに脱ぎ捨てられた長襦袢をベッドに載せ、死覇装を慣れた手つきでたたむ。たたみながらベッド脇のデジタル時計に目をやると午前2時を過ぎていた。
「4時間は寝れるな」
「小児科だったな、一護らしいよ。貴様は死んだ者も、生きている者も救うのだな」
 布団は朝からわたしが干してやる。昼間は井上と約束をしているから出かけるが、陽がかたむくまえには取り込んで、それからむこうに帰ることにする。襦袢に袖を通しながらルキアがいった。
「それは助かるけど、次、いつこれんだ」
「さあ。貴様の急患と同じく急な任務が入ることもあるからな。本来なら非番であっても軽々しくソウルソサエティを離れる隊長格など許されぬのだが、兄様もわたしの気持ちを汲んでくださる。ひと月、ふた月のうちにはまたくる」
 それを聞いてから、俺は布団を干すのはいい、といった。ルキアはまた機嫌を悪くしたが、今日ついたルキアのにおいが消えてしまうのがいやだった。明日の夜、ここでひとり眠る自分を想像する。背筋がぞっとして、おそろしくなる。こんな夜を俺は何年も繰り返している。


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