坂田とのセックスは我を忘れられるのですきだった。男と寝たのは坂田がはじめてだったが、女を抱くのよりもセックスに溺れられる気がした。セックスが終わったあと水を差し出すのは自分ではなく坂田で、布団を敷くのも片づけるのも、コンドームを買うのも坂田だった。探せばそうしてくれる女も山ほどいるのだろうが、あれこれをしてやるのは自分でなければ気が済まなかったのだ。セックスだけの話ではなく。
「俺といるのが楽だから俺と付き合ってんのか」
「重要だろ、なんで不満そうなんだよ」
「世話焼くやつなら誰でもいいのかなと。でもね、おまえみたいにめんどくさいやつの世話を好き好んで焼こうっていう物好きもあまりいないと思うよ」
坂田がいい終えるかいい終えないかのうちに俺は坂田の頭を平手で叩いた。ぱしっと小気味いい音がキッチンに響く。坂田はボウルをしゃかしゃか泡立てながら、なにがうれしいのかおかしいのか、笑いを噛み殺しているようだった。顎をつかんで横を向かせてその胸くそ悪い顔を見ると、だらしなく笑みを浮かべている。こっちは腹が立っているのに、え、チューしてくれんの、なんて聞いてくる。もう一度、今度はグーで殴った。
「大体なんで自分の誕生日に自分ちで自分のケーキ作ってんだ、俺は」
おまえが外出したくないといったからだ。数時間前に万事屋の玄関を開けたとき俺の手にぶら下がっていたケーキの箱はあっというまにチャイナ娘がかっさらっていった。タイミングよく外出してくれたのだからよしとしようと俺がいうと、ケーキのない誕生日なんていやだとガキみたいなことをいうので、もう一個買ってくる、といった俺の手を坂田は離さなかった。
作る。なにを。ケーキ。いい出したら聞きやしない。
「さっさと手を動かせ」
「動かしてるよ。はい、おいしそうな生クリームができました」
「そしてどうする」
「スポンジに塗る。さっきオーブンから出しただろ、あれとって」
「これか」
「いや、いま俺なにを指差してる?土方くん、俺の指先よく見てね。そこのスポンジここに持ってきて……、自分でやったほうが早かったわ」
俺の前に坂田の腕がひょいと伸びて、焼いてから冷ましていたスポンジケーキを自分の目の前に引き寄せる。慣れた手つきでスポンジにクリームを落とすと、眉を寄せた顔で憎憎しくいう。
「俺の話全然聞いてねーだろ。おまえ、とりあえず目の前にあった焼酎の空き瓶つかんでたけど」
するするとへらのようなもので生クリームを伸ばしていく坂田の背後に戻り、脇の下から右腕を伸ばすと、坂田の脇腹と腕にぎゅっとはさまれた。左腕を伸ばすと同じようにはさまれると思ったのでやめにして、坂田の腰の骨のあたりに触れる。服の上からでも浮き出たそれがわかるくらい坂田の骨は太かった。
ほんの出来心だ。手のひらをわざとらしく、ゆっくりと這わせると、坂田が短く笑う。
「うれしいけどあとにして、いまいいとこだから」
「なにを?」
「そういうプレイなのか」
薄く伸ばしたクリームの上にいちごを敷いてまたスポンジが乗った。坂田の手は節も大きく武骨で、ただでさえ右脇をぐっと締めているのに、おそろしいくらい優しく丁寧にケーキをつくっていく。少し背筋を伸ばして坂田の首筋に鼻先を乗せるとその光景が坂田の目線に近いもので見えた。それがすこしうれしい。
「におい嗅ぐなよ、くさかったらいやだ」
「ケーキのにおいしかしねーから安心しろ」
ほんのり汗のにおいがしたがそれよりも焼いたスポンジのにおいが強かった。それと生クリームの乳臭いにおい。
しばらく腰骨をなでていた手のひらをへその下へ移動させ、ズボンのチャックを爪でひっかいた。ぎゅっと押さえられていた右腕をはさむ力がすっと弱くなって、坂田が期待しているのがわかる。おもしろくなってすぐにチャックを下ろしてやった、ところで。
「俺もいちご並べたい」
するりと坂田の背中から離れると、坂田は泣きそうな顔で俺を見た。俺は何食わぬ顔で向き直る。
「さっき、あとでっていったのはてめーだろ」
「……、手、洗えよな」
「おう」
水道をひねった瞬間、背後からパンツごとズボンを下ろされた。