生き物を飼ってみたいというのは物心ついたときからの願望だったが、実際のところペットショップに出かけたことは一度もない。動物園に行ったこともないし、行ったところで動物たちと思う存分に触れ合えないのは目に見えている。腐った生き物ほどいやなにおいを発するものはない。だからわたしは子どもがほしいと思う。わたしの過負荷に対する耐性を持ち合わせたすばらしい子どもがほしい。
「だけど子どもはひとりじゃつくれないわ、ねえ人吉くん」
愛する彼に向かってたっぷりの笑顔で笑いかける。まつげがまぶたに軽く刺さるほどの上目遣いで彼を見上げると、人吉くんもにっこりとほほえんで愛をささやくの。
今日は人吉くんをピクニックに誘おうと思って家を出たのだった。彼の家についたとき、ちょうど小雨が降り出して、少しくらい構わないやと思いながら第二間接を使ってインターホンを押した。数十回鳴らしても誰も出ないしドアは開かない。お留守なら日を改めもするのだけれどつい十分前、人吉くんはこのドアを開けて家の中に入ったのだ。しっかりこの目で見たと思ったけれど、あれは幻だったのかしら。
強まった雨のせいでいつの間にかワンピースが重く水を吸っていた。髪は顔と首に心地悪く貼りついて少し気分が落ち込んだ。早く人吉くんに会いたいな。靴下もびちゃびちゃ。ワンピースの裾をしぼりながらまたインターホンを鳴らそうと腕を伸ばしたとき、ドアが開いて、タオルを持った人吉くんがすてきな笑顔でわたしを迎えてくれたのだった。
家の中には上げられないといわれた。もちろん納得するわ、デートだってまだなんだもの、順序はきちんと守らなきゃ。
「子どもがほしい話をしにきたのか、こんな雨の中」
「ううん、そういうわけではないけれど。恋人同士の会話の中ではありきたりな話題すぎたかな?でもわたしそういうありきたりな会話がしたいとは思ってるの。そのへんの恋人たちが交わした会話をわたしたちだけが交わしてないなんてなんだか癪じゃないかしら」
人吉くんから受け取ったタオルを胸に抱きしめながら、わたしはうしろから降りつける雨の冷たささえもなんだかわたしを祝福してくれているようだと感じている。きっと今現在、ここが世界の中心なのだと思った。人吉くんとわたし。この空間を残して世界が終わってしまえばいい。
「わたしね、もちろん子どもはほしいけど、人吉くんとずっと一緒にいられたらいいのよ。三百六十五日、二十四時間。四六時中」
「俺きっとひどいことをいうようだけど、俺は三百日くらいはめだかちゃんと一緒にいたい。それに子どもをつくる前にその過程で俺は江迎に殺されるんじゃないかな」
「容赦ないね人吉くん。わたしどうしたらいいかな、どうしたらいい?」
ねえ人吉くん。わたしが抱きしめるタオルをじっと見つめる人吉くん。どうして濡れた髪やからだを拭かないのと思っているのだろうけれど、人吉くんからもらった初めてのプレゼントだもの、ずっと大事にしまっておくわ。
ああ、人吉くんの口から他の女の名前が出たことに今ごろ気づいたわたしは、そのタオルで今にも込み上げてきそうな涙を拭おうとした。そうしてわたしはタオルがすでに腐敗して、どろどろにとけていたことに気がついたのだ。
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