歯医者というものはなかなかにいやらしいものだと思う。仰向けに寝そべりだらりと両足を投げ出して、指で口の中をかき回される。その指が、頬の内側のやわらかな粘膜をこすり、挙げ句舌にそっと触れようものなら、思わずちょうどうなじのあたりがぞくぞくと鳥肌立ってしまう。おかしくて下品でちょっとだけ痛いエロス。


 普段はまるでごみ捨て場のようになっているツナのデスクには、めずらしくなんの書類もパソコンすら乗っていない。きれいにかたづいている黒いそこには、恐らく隼人が贈ったらしいばらの花が細いガラスの筒にささって置いてあるだけで、つい、笑ってしまいそうになる。おかしいくらい、なにもない。誕生日を祝うカードやプレゼントやらは山のように届いたはずなのに、それらはどこにだって見当たらなかった。
「きれいにかたづいているわね」
「せっかく花をもらったからね。それに、今日はなんの仕事もしないんだ」
「なぜ」
「ビアンキがデートしてくれるっていったじゃないか」
 あら、と口を手で覆う。デスクと揃いの黒いレザーチェアをきいきい鳴らしながら、ツナはくるくると180度にいすを回して遊んでいた。どうりでシックなタキシード風のスーツを着ているわけだ。胸にはビビッドピンクの小さなブローチ。わたしがこの間プレゼントされたドレスと同じ色。
「約束だろ。早くあのドレス着てさ、ご飯食べにいこうよ」
 このドレスが欲しいわどうしても欲しいわ。そういってブランドショップのディスプレイにはりついて離れないわたしにツナは、買ってあげる、だから誕生日にデートして、といい、わたしは首を大きく縦に振ったのだった。
「食事にはいけないわ」
 わたしはうつむいて、ツナの顔が視界に入らないようにする。ツナはどうして、と返した。
「歯医者にいったの。麻酔をされたから、2時間は物を食べられないの」
 デートの約束なんてすっかり忘れてわたしは歯医者で妄想にふけるのに勤しんでいたとはさすがに言えないけれども、ツナにしてみれば一生懸命にわたしを誘ったのだろうと思うと、わたしらしくもない、募るのは罪悪感。
「じゃあ、麻酔がとれるまで部屋にいて。その前に着替えてきてね」
 わかったわと返事をした。ツナは相変わらずきいきいといすを回している。部屋を出ようとして、ツナにいった。
「せっかくわたしに一日も時間をくれたのに、わたしは歯医者に行っちゃったわ。ごめんなさい」
「歯が痛いよりいいよ」
 今夜こそはいわなければ。わたしもあんたがすきよ、って!


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