「ツナばっかりずりぃや」
山本がそんなことをいった。わたしがツナに時計をプレゼントした日の話である。そうしてわたしは山本がわたしをそういう目で見ていたことを、このとき初めて知ったのだ。
「俺にもなんかちょうだい。できれば、ビアンキのもの」
わたしは断る言葉を探しはしたが見つけることができなかったので、左手首につけていた革のブレスレットを外し、なにもいわずに差し出した。もう2年つけているのに少しも“いい感じ”にくたびれてくれなかったレザー。あんたがどうにかしてやって。
ツナとのセックスは最高だ。相性がいい。だから毎日でもしたい。男の性欲は果てがないなんて、腐ったプライドを振りかざして童貞たちが吠えているが、そんなものは幻想だ。熟れた女の性欲にこそ底がない。男にそれを見抜く力が備わっていないから、男の女に対するイメージはいつまで経ってもふわふわで甘ったるいのだ。
「気持ちいい」
ツナがそういうとうれしい。わたしは痺れる太ももに鞭を打って、彼の上で腰を振り続ける。骨ばった大きな手がわたしの頬をなで、わたしは閉じていた目を開く。顔に張りついた髪をかき上げられて、ツナのブラウンの瞳と目が合う。愛しすぎて狂いそうだ、気を抜けば叫んでしまいそうだ、今この瞬間に死ねたら、って!
「ビアンキ、気持ちいい?」
首を縦に振る。こくこくとうなずくつもりががくがくと、文字通り振ってしまう。体が気持ちいいというよりは脳みそが気持ちいいのだ。まるでお酒をたくさん飲んでいるときのように。
足きついだろ、起き上がりながらツナがいって、そのまま座位のかたちになった。わたしは呼吸を整えながらツナの肩に顎を乗せる。ツナのからだににじんでいた汗がわたしの汗と混ざる、それってとてもセクシーだわ、と思った。
「今日、会議で久しぶりに山本に会ったらさ、めずらしくブレスレットなんてつけてるから、思わず目がいっちゃってね。よく見たらおまえのだったよ」
わたしは最後に腕枕をしてくれたのはいつだったかしらなんて軽口を叩きながら、裸のままベッドにあぐらをかいてミネラルウォーターを飲んでいた。ベッドに仰向けで寝煙草をふかすマナーの悪い男のちょうど股間の上で、飲みかけのペットボトルを逆さにする。
「冷たー!なにするんだよビアンキ!」
目を点にして声を張り上げる。こういうときのリアクションというものは、いくら歳をとっても高い地位に就いても変わらないのだとわたしはひどく冷静に考えた。
「あげたの。なにかくれっていわれたからあげたのよ。いけない?」
たっぷり水を吸ってびしょ濡れになったシーツをはいで、ツナはわたしからペットボトルを取り上げた。間髪入れずに奪い返す。
「俺の前で普通につけてる山本も山本だよ」
「なに子どもみたいなこといってるの」
「ちょうだいっていわれてあげるビアンキもビアンキだけどね」
「あんただって京子にピアスあげてたわ」
「誕生日だったから!なにもなしにはあげないよ」
「わたしはピアスもらったことないのに」
「子どもみたいなこというなよ」
わたしはツナをにらみつけて空になったペットボトルを投げつけた。広い額にクリーンヒット。こんっと軽い音を2度鳴らして、ペットボトルは床に転がる。わたしはホテルの床がすきじゃない。とても硬くて冷たくて、裸足ではとても歩き回れないからだ。誰かに抱き上げられたいと思ってしまう。
そんな床をぺたぺた早足で歩いて、バスルームに向かう。わざと乱暴にドアを閉めて、大きな鏡に映る自分のからだをようく見た。すてき。
「ビアンキ、ねえ。悪かったよ。一緒にシャワーを浴びよう」
「バスタブにばらを浮かべたいから買ってきて」
「わかった、フロントに電話してくる」
「いやよ。あんたが買ってくるの」
背中のドア越しにツナの呆れた声がする。本心で謝っているのではない。わたしがそうさせるのだ。自分がそうさせているくせに、なぜだか、とてもかなしい。怒ってよ、叱ってよダーリン。
title/fascinating