雲雀さんが日本にいるらしい。それだけを聞きつけて、とりあえず彼が日本にいるのならば一度くらいはアジトに顔を出すのだろうと、それを待っていようと、並森のアジトに居座ってもう一週間になった。雲雀さんは現れない。けれども久しぶりにボンゴレの空間にいることがとても心地よくて、雲雀さんに会うのだという当初の目的もとっくの昔に忘れてしまった。懐かしい味がするといって泣きながらわたしのオムライスを食べるランボちゃんをきゅうきゅうと抱きしめて、前髪を伸ばすか切るか迷っているというイーピンちゃんの前髪を切ってあげて、ビアンキさんと夜な夜な浮気論から光合成やからだの神秘についてまで語り明かして、たまに獄寺さんの肩をもんであげた。一度だけ獄寺さんに誘われて寝てしまったけれど、それからは彼の部屋へはいかなくなった。わたしは雲雀さんを待っているのだ!獄寺さんに抱かれにきたのではない。


 男女ふたりでテーブルの上のひとつの灰皿を共有するのはなんだかいやらしい。わたしがそういうと、ひとつの灰皿を共有していた男女ふたりが、照れたように煙草を灰皿に押しつけた。
「ハルってときどき、恥ずかしいこというよね。灰皿を一緒に使うのは絶対にいやらしいことじゃないのに、そういわれちゃうと、いやらしく思えてくるよ」
 こほんとわざとらしく咳払いをして、ドン・ボンゴレはきちんとネクタイを締めなおした。わたしがこの子に男を感じるとでも思うの、と吐き捨てるビアンキさんが、昨夜彼の部屋へ入ったきり、朝まで出なかったことをわたしは知っている。わたしの前でまでふたりよそよそしくなどして、なにを隠す必要があるのだろうか。
 ビアンキさんにツナと外へ朝食を食べにいくけれどハルもどうかと誘われ、思わずお邪魔していいんですかと聞いてしまった。けれども彼女はなにが?と首を傾けただけで、朝っぱらからきっちりとスーツを着たツナさんと三人で外を歩いていても、彼と彼女はなんら変わった様子はなかった。手を触れるでもなく、色を含んだ目で見るでもなく、ただ昔となんら変わらぬ本当の姉弟のようにときおり冗談で互いをけなすだけだった。きのうセックスしたくせに。きのうセックスしたくせに。幻覚でも見たのかしらと思いながら、わたしはふたりの間をてくてくと歩いたのだった。
 それがである。それが、アジトからすぐのところにあるウッドハウスのようなカフェテラスで、まるいテーブルを囲んだ三人のうちの彼と彼女が、ひとつの灰皿を当然のようにふたりで使っている。当然といえば当然だろうけれども、ふつうは灰皿を譲り合って「あっどうぞ」「ごめん、ありがとう」なんていう空気が漂うものなのだ(先のせりふを口に出すかは別として)。それが彼と彼女の間には少しも見当たらなかったものだから、わたしはふたりのこころの距離の近さを、一瞬のうちに、いやというほど見せつけられた気分になった。
 テーブルで香ばしいにおいをさせながらとろとろと油をたらすベーコンも、見ただけでわかるくらいかりかりに焼きあがっている何種類ものパンも、わたしはほんの少ししか食べられなかった。どうしようもなくさみしくなったのである。
「ハル、紅茶のおかわりは?」
「いいです」
「ケーキ食べてもいいわよ」
「えっ。じゃあ、ミルフィーユ」
「朝食はちゃんととらないくせにケーキは食べるんだ。ビアンキ、甘やかすなよ」
 ビアンキさんがツナさんをぎろりとにらむ。どうしよう、どうしよう、わたしはいまとても雲雀さんに会いたい。思いきってふたりに打ち明けてしまおうか、わたしがアジトに居座っているのは雲雀さんを待っているのだということを。いつのまにかそれを忘れて獄寺さんとセックスしたことを、けれどもやはりわたしは雲雀さんに恋をしているのだということを。
 揺らすとほろほろと崩れてしまいそうなミルフィーユがテーブルにのせられた。ウェイターがなにも聞かずにそれをツナさんの前に置いたのを見て、けらけらと笑うビアンキさんは、化粧もまだしていないのに、とてもきれいだった。


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