セックスを終えてしまうと、おなかがすいていることに気がついた。まだぬくもりの残るベッドから出ようと、すこしかすむ目をこすってブーツを探す。ベッドのなかで触れ合っていた肌が離れていく。それだけで、もう、さみしい。
「どこ行くんだ」
「おなかがすいたの。サボくんは?パンでも食べる?」
「コアラおかわり」
「……、きみはほんとうにわたしより年下なの?」
おじさんみたいなこと言う、わたしがそう言うと、彼はなにがおかしいのか声を上げて笑った。年下といってもひとつしか違わないけれど。
床に転がったブーツを見つける。服も探そうとしたけれど近くには見当たらなかったので、シーツを剥いで肩に羽織り、素足のままブーツを履いた。きもちわるい。ふだんなら絶対にしないことだ。セックスの最中や、セックスのあと、というのはふしぎな時間だ。ふだんなら絶対にしないことを、ふだんからしていることのようにできる。たぶん彼もそうなのだと思う。だから笑ったのだ。
わたしがシーツを剥ぎとったので、全裸のままだったサボくんはあっさり自分の下着を拾ってそのボクサーパンツを身につけた。自分が下着を落とした場所を彼は覚えていたんだろうな、わたしの下着は一体どこだろう。そう思ったけれど、はやくパンを口に入れたかったので声には出さなかった。サボくんの机の上に置いていた茶色の紙袋につっこまれただけの胚芽パン、それをもさっと手でちぎって、かぶりつく。しっかりした塩の味がついている。はじめからついていたものだろうか、海の上で風を浴びるうちについたのだろうか。一口分を飲み込み、もう一口を噛み切りながらベッドに戻った。かじりかけのパンのかけらをサボくんの口に入れてあげた。
「おいひい?」
「んまい」
わたしが羽織っていたシーツをサボくんがひっぱったので、裸になってしまうまえにと慌ててブーツを脱ぎベッドに上った。ふたりとも口をもごもごさせながら、またシーツに潜る。
「水が飲みたくなっちゃったな」
「パンと一緒にくすねてこなかったのか、厨房から」
「きみこそ」
「おれは見張りをしていただろうが」
「いまから取りにいって」
「もう服を着たくねぇな」
「わたしも」
横になったままひじをついているサボくんの口にちぎったパンをつっこむ。わたしはとなりにあぐらをかいて座っていた。
「このあいだね、ロビンさんの部屋で、こうやってケーキを食べたの。ふたりでベッドにあぐらをかいて座って、夜遅くまで話をしながらケーキを食べた。ベッドの上でものを食べるなんて行儀の悪いことをしたの、それがはじめてだった。なんて楽しいんだろうと思ったんだ」
子どものころ、たしかにだれかに言われたのだ。けれど、いつどこで、だれにそう言われたのかは思い出せない。けれどついこのあいだまで、ひとりで部屋にいるときでも、ベッドの上でものを食べるなんてことは、おそろしくてできやしなかった。
「ロビンさんがベッドで食べましょうって誘ってくれたの。悪いことをしているような、どきどきするような、わくわくするような……、ふしぎな気分だった」
うれしかった。ひとつ、縛りつけられていたものから解き放たれたような気がしたのだ。
「今度からケーキを食べるときには、おれにも声をかけてくれ」
「ふふふ、わかった」
サボくんはほっとしたように笑って言った。
「どんな話をしたんだ?男にはつまらない話か?」
「うん、つまらない話。恋愛相談とか」
「それはつまるつまらないの問題じゃない気がするぞ。質問を変えよう、ケーキはどんなケーキだった?」
「ベリータルト」
「ベリータルトを食うコアラか。かわいいなー」
ふたりでパンを平らげた。ますますのどがかわいてしまったけれど、部屋を出たくもない……。
ちょうどそのとき、波が高くなったのか、強く船が揺れた。からからとガラスの転がる音がしたのでそちらを見ると、ベッドと床の隙間から、ワインの瓶が転がってきたのだった。
「あった、水!」
腕をのばして瓶を拾う。水じゃないけどねぇと言って笑い合った。
「ねえ、わたしの下着知らない?」
「探さなくたっていいだろ、着ないんだから」
サボくんが昨日半分ほど残しておいたというワインの栓を開けて、わたしに先に飲ませてくれた。かわいたのどにしみる。すこし飲んで、彼に手渡しながら聞くと、そんなことを言う。ベッドのまわりに散らばったふたりの服のどこかにはあるのだろうけれど、彼の口ぶりからすると、わたしに下着を探してほしくはないらしい。
「隠したの?」
サボくんは瓶を口から離すと、また栓をしてベッドの隅に置いた。わたしのことばを無視して、起き上がり、うしろからわたしのからだにふれてくる。両手で乳房をつつむと、わたしの肩にあごを乗せて耳たぶをゆるく噛んだ。
「ブラジャー、じゃまだからもういらない。いつも思うんだ、すぐコアラのおっぱいにさわりたいのに、じゃまだなって」
ふわふわの髪が頬に当たってくすぐったい。わたしは腕をひねって彼の髪にふれる。くしゃくしゃと頭をなでるときもちよさそうに、サボくんは目を細めた。
「さわり足りない?」
「うん」
「おかわりする?」
「ははっ、おかわりな、するする」
笑いながらキスをしてそのままベッドに倒れた。
「こうやって抱きしめられるから、うしらからするのすきだ」
ぎゅっとわたしを抱きしめながらサボくんが言う。わたしもおなじことを思った。背中全体にサボの体温を感じる。肌と肌がくっつくのがこんなに気持ちいいなんて、彼に出会うまで知らなかった。ひたひたと吸いつくようにふれて、名残り惜しみながら離れて、またくっついて、それがどんなにいとしいかということも、知るはずがなかった。ふたりとも。
そのままいれてほしい、わたしが言うまえに、うしろからペニスを押し入れられた。
「いつ、パンツ脱いだ、の」
「いま」
ゆっくりと腰をゆすってくる。じわじわと腰からからだがとけ出すようだった。腰から足の先まで、腰から頭のてっぺんまで。サボくんの手のひらはまだ乳房をつつんでいるままだ。明日からブラジャーをつけないで服を着ようか、浮かれ出した頭でぼんやり、そんなことを思った。彼がいらないというならべつになくてもいいものなんだろう。そう思うのはセックスの最中だからだろうか。


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