「ねえ、サボくんの手のひらを見せて」
コアラがおれの顔を覗きこんで言った。口にストローをくわえている。たしかコアラが飲んでいるのはざくろとクランベリーのソーダだ。ほかにテーブルの上にあるのはサンドイッチが二皿、オニオンリングとおれのコーラ、それからこのカフェに入るまえにコアラが買ったファッション雑誌。
「そんなもん、ふだん読まねぇだろ」
「ひまつぶし。船が着くまであと一時間もあるんでしょ?いっしょに読まない?」
「読まない」
そんなやりとりをしながらコアラは雑誌をレジに持っていったのだった。
しかしサンドイッチをかじりながら、雑誌をめくるコアラを見ているのはなかなかおもしろいと思った。おもしろいというのか、なんだかかわいいのだ。流行の格好をしたモデルの写真を指さして、このスカートかわいいな、わたしにも似合うかな、なんて言うコアラの表情が、新鮮でかわいい。女の子みたいだ。いや、女の子だいうことはよく知っているのだが。ストローをくわえるくちびるはとてもやわらかいし、テーブルの上に半分だけ乗っている胸だって……、そこまでなめるように見て、くわえていたコーラのストローをすこし噛んだ。

「ねえ、サボくんの手のひらを見せて」
「近いな」
「見せてったら」
コアラが顔を近づけてきたせいでお互いの帽子が当たって、おれの帽子がずれ落ちかける。コアラが脱げかかった帽子をぱっと受けとめて、おれの頭じゃなく、テーブルの足下に置いていた自分のトランクの上に載せた。そのあとコアラは、おれのコーラを持っていないほうの右手を取ると、手のひらを広げてじっと見つめはじめた。
「な、なんだよ」
「うん……、ちょっとまって」
コアラはおれの手のひらと雑誌とを交互に見る。さっきまでとは違って、手相の記事が載っているページが開かれていた。
「手相なんて見て意味あんのか?生命線が長いと聞いて安心するような歳でもねぇぞ」
「生命線が長いと聞いて安心するような子どもだったの?そんなふうには見えないな」
「たぶんちがう」
「そうだね。たぶんちがうね」
たぶんちがうと言うが、コアラのは絶対にちがう、と言い切るような口ぶりだった。おれの子どものころを知っているかのように。その目で見ているかのように。彼女がそんなふうに言うとき、おれは言い表せないほどの心地よさを覚える。
「でもこれは当たってるよ、ほら!性欲が強い線」
なんだそれはと思ったが、いまコアラの手相占いに水を差すのは野暮だ。
「どうかなァ」
「なんだか目がやらしくなった。やっぱり当たってるね。長ければ長いほどエッチなんだって。サボくんの線、手のひらだけじゃ足りないみたい。それからねー、それから……」
コアラは笑うとき、口の端がきゅっと上がる。それがとてもかわいくてすきだ。


「ああ、そろそろ時間じゃない?ここ、出ようか」
時計を見ると、仲間の船が港に到着する予定の時間まで十五分ほどだった。ここから船着場までは五分もかからない。
コアラは残りのソーダを勢いよく飲み干してから、サンドイッチとオニオンリングが入っていたバスケットを重ねて、ジュースのカップなどのごみを載せたトレイを持ち席を立った。おれも食事のために外していたグローブをはめる。
「これも捨てさせてもらおう」
コアラはつぶやいて、ぱた、と閉じた雑誌を手に取ると、ちょうどテーブルのそばを通りかかったウェイトレスに、トレイと雑誌を手渡した。ウェイトレスにすみませんが、と断っている。おれはウェイトレスが厨房のほうにいってしまってから、コアラに聞いた。
「買ったばかりなのにどうして」
コアラが腰を曲げて、足下からおれの帽子とトランクをひっぱり出す。
「もう読まないから。読めないって言ったほうがいいかな。ひまつぶしにって言ったでしょ?」
がぽっとおれの頭に帽子をかぶせながら言うコアラ。とたんにおれはかなしい気持ちになる。
「楽しかったね、ひまつぶし。ふつうのデートみたいだった」
口の端をきゅっと上げながら、ほんとうにうれしそうにコアラは笑うので、おれはまた泣きそうになった。ふつうの女の子みたいなコアラ。新鮮でかわいいななんて、おれはなんてのんきでまぬけな奴なんだ。
「またしよう。ふつうのデート」
謝るのもおかしいかと思ったので、そう言ってコアラの手からトランクを奪った。
「うん、しようね」
にこにこ笑うコアラと、柄にもなく手をつないで店を出た。ばかみたいだな、なにやってんだおれは。けれどコアラはとてもうれしそうだったので、よしとしよう。
ところで、おれと彼女の相性なんかは、手相を見てもわかりゃしないのか?知ったところで、意味なんてないけど。


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