キッチンの戸棚でポテトチップスを見つけた木蓮がDVDを借りにいこうと提案した。朝からずっと下着姿のままベッドでごろごろと過ごしていたので、わたしはええ、いやだよ、とうなった。化粧をしないままで外に出るのはいいとしても、髪についた寝癖をとるのもめんどうだし、そもそも服を着ることがすでにいやだった。
 せまくてかびくさいアパートの一室で、木蓮と暮らし始めてようやく二週間になる。毎晩セックスをして朝方に眠り、コンビニの弁当を食べるほかには煙草の煙で部屋を満たすくらいのことしかわたしたちにはすることがない。たまに昼間にもセックスをする。たとえば上層部から召集の連絡がくれば森の城に足を運ぶけれど、それ以外の時間、わたしたちにはこれといってすることがない。
「いいじゃねーか、そこのTシャツ着ていけよ。ケツまで隠れんだろ」
「めんどくさい。あんたひとりでいってきなよ」
「俺が選んだ映画に文句ばっかつけるだろ。うるさくてかなわねぇ」
「どうせ一緒にいったって、あんたが決めるんじゃん」
 木蓮が、窓際に数日前から干したままだったカットソーのワンピースをベッドに投げつけた。横になったままもぞもぞとそれを着る。ごみ箱の中身をぶちまけたようなテーブルに手を伸ばして、ゴムをつかみ、髪をひとつにまとめた。
「うわぁ、いい天気。なんか、ひさしぶりに外に出た気がする」
 玄関を出ると外はさんさんと晴れていた。部屋の日当たりがそれはそれは悪いので、外に出るまでくもりだか晴れだかわからないのだ。強い日差しに目を細めていると、木蓮が日傘はいいのかと聞いたので驚いた。ときどき彼はそんなふうに、紳士みたいなことをいう。わたしを気遣うようなことを口にする。わたしをというか、女をだ。そういうことをいわれたとき、わたしはとても戸惑うので、ついふつうの女の子のような反応をしてしまう。たとえば今日は、日に焼けないように、となりを歩く木蓮の影に入るようにして歩いた。
スプラッタを借りてアパートに戻り、ベッドに寝転がってふたりでポテトチップスを食べながら映画を観た。特殊メイクとCGがとてもじょうすで、ほんとうの死体を見慣れているわたしたちでも飽きない作品だった。
「いいね、これ」
「いいな」
「そういえばさ、来週からの任務で、どこかの山奥に住まなきゃいけないらしいよ」
「ああ、そういえば葵がそんなこといってたな」
「またここに戻ってこられるのかな」
「さあな」
「わたしを置いて死なないでね」
「だれがおまえより先に死ぬかよ」
 木蓮が吐き捨てるようにいった。
「うん。わたしがあんたよりも先に死にたい」
近ごろのわたしは自分でぞっとするくらい、変わってしまった。彼が死んでしまうことが、なによりもこわいのだ。小さなテレビの液晶のなかを、白人の女が耳障りな声を上げながら走り回っている。それを見て木蓮は満足そうに笑っている。ほんとうに、こんな男のどこがいいんだろう。


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