目が覚めると、左半身がぐっしょりと濡れていた。急いでシーツをはがしてみると、ほんとうにきれいに半分、シャツとジャージの左側だけがしぼれそうなほどに濡れている。
「アルカ」
 名前を呼んでうすいワンピースに触れた。すうすうと気持ちよさそうに寝息をたてているアルカのまわりにしみができている。トイレにいき損なったのかと思ったけれど、彼女のからだ中、額から腕までにたくさんの水滴がついている。汗だった。寝苦しそうな表情をしているのでもない。
「アルカ、こわい夢でも見たのか」
 手のひらで額をぬぐってやった。声をかけるとアルカはほんのすこし目を開いたが、小さく首を横に震わすとまた目を閉じた。
 ベッドをきしませないように気をつけて起き上がり、つめたい床にはだしで下りた。窓を覆うカーテンのすきまを覗く。まるいガラスの窓のむこうはあおあおとした水面が果てしなく続いている。もう何日もこんな景色だ。ゴンと別れたあと、アルカが船に乗ってみたいといったので、列車も捨てがたかったけれど、船旅を選んだのだった。はじめの数日ははじめての海にアルカもはしゃいでいたが、そのうち陸がすこしも見えぬほどの沖合いに出ると、飽きたのかほとんど部屋から出なくなった。
 トランクから着替えを出して着替えていると、ごそごそとシーツを蹴る音がしたのでベッドに戻り、アルカを起こした。
「おはよ。アルカ、シャワー浴びておいで」
「……、おもらししたのかと思っちゃった」
 アルカはまるでずぶ濡れだった。自分でそれをたしかめてはずかしそうに笑ったあと、首にはりついた髪をうっとうしそうに払っていた。
「今日はなにして遊ぶ」
 シャワールームに向かうアルカに聞く。アルカは足を止めてしばらく考えると、くるりと振り返っていった。
「今日は、遊ばない。図書室に本を読みにいきたい。おにいちゃんもいくでしょ?」
「いいけど、なんでいきなり」
「この船が沈没する夢を見たの。わたし、とてもこわかった。船は鉄のかたまりだからどんどん沈んでいくの。そこで、わたしは思ったんだけど、どうしてその鉄のかたまりが水の上に浮いているのかな」
 どうして船が浮いているのか、たしかに考えたこともなかった。船は船だから浮いているのである。
「おにいちゃん、やっぱり列車にしなくてよかったわ。列車には図書室なんてないでしょう」
 列車にしていたら、アルカがあれほどに寝汗をかくこともなかったし、俺を置いて何日も図書室にこもることもなかったと後悔したのは、せっかくなので彼女には伝えないでおく。


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