そうだ、空はこんなに青かった。
「空色って、こんな色だったんだな。織姫はいつも、俺の髪と瞳を空色って呼んでたけど、よくわかんなかったから」
ざあざあと心地よい風の音に、彼の声はほとんどかき消されてしまっていた。あたしが背中を曲げて彼の顔に耳を近づけると、彼は悲しそうな笑顔を浮かべる。それに耐えられるほどあたしも強くなんてなかったから、もう少し静かな場所にいこう、と声をかけたけれど、彼はここがいいといって聞かなかった。あたしはほんの少し、背中を曲げる。
「きれい。なんか、泣きそうだ。それくらい、きれい」
「泣いたら」
「あたしが泣いたら、グリムジョーも泣くもん」
「残念でした。泣かねえよ」
じわじわとむずがゆい喉と、今にも溢れそうな涙と、あたしは必死に戦っていた。あたしの膝に頭を乗せていたグリムジョーは、弱々しく何度も瞬きを繰り返している。眠いの、と尋ねようかと思ったけれど、眠いよ、と答えられるのが怖くて、あたしは彼に聞くことができなかった。
最期に織姫が長い間見てきた空が見たい。グリムジョーはあたしの手を引いて現世についたとたん、それきり、立ち上がることすらできなくなった。彼の白い服にしみた血液がどんどんその染みを広げていっていることも、きっとあたししか知らない。彼はもう、そんなことを気にしてなんかいなかったからだ。
長いあいだ目にしていなかった本物の青空は、息を飲むほどに美しかった。悠久ともいえる長い時間の中、数えきれないほどの詩人が空を詠み、ロッカーまでもが空を歌い、誰しもが空を描いた。そんな空を、あなたとふたりで見上げることができるなんて、あたしはなんてしあわせなのだろう。
「おりひめ、俺、怖くないよ」
「……、どうしたの」
「俺、絶対、織姫の膝で死にたかったんだ。すげえついてる。なあ、いっぱい、名前、呼んで」
名前を呼んでほしいと言いたかったのはあたしも一緒だったのに。力なく伸ばしてくる彼の手を握って、左手で彼の髪をなでながら、あたしは何度も彼の名前を呼んであげた。グリムジョー、すきだよ。グリムジョー、ごめんね。グリムジョー、ありがとう。涙が滲んで彼の顔がよく見えない。愛しているわ、かわいい子。
「わかったでしょう、空色って特別な色なの。だからあたしは、あなたの髪を……」
嗚咽のせいで言葉につまるあたしを、グリムジョーは力なく笑う。美しい空色をした彼の髪に指を通しながら、あたしはぐすぐすと泣いた。