数年前、任務で日本を訪れたとき、財布をなくして無一文になった俺は数日のあいだ沢田家で厄介になった。沢田家を出る日の朝に奈々は綱吉のぶんといっしょに弁当を渡してくれて、いってらっしゃいとハグをしてくれた。
「おい、カス!奈々がきたぞ」
 その弁当箱をいまさら、奈々はイタリアまでとりにきた。ボスに呼ばれて部屋を出て応接間に向かう。
「ひさしぶりね、スクアーロくん」
「奈々、ひとりできたのかぁ?イタリアまで」
「ツナといっしょよ。用事があるからってザンザスくんの部屋にいったわ。つれてきてもらったの」
 奈々はソファに腰かけて、あたたかな湯気ののぼる紅茶をしあわせそうに飲んでいた。こんな危ないところに奈々をつれてくるなんて綱吉はなにを考えているんだと思ったが、奈々がきかなかったのだろう。
「ね、スクアーロくん、わたしイタリアってはじめてなの。観光案内をしてくれないかしら」
 ティーカップをテーブルに置いて奈々は立ち上がり、俺の腕をひっぱった。
「待て、ジャケットだけ、着替えてくる」
 おしゃれしなくてもいいのよ、笑いながら奈々がいった。彼女をつれて、ヴァリアーの派手な隊服のまま外になんて出られるかぁ!

 自分で車を出し、ローマ市内に彼女をつれてきた。トレヴィの泉にコインを投げたいと奈々がいったからだ。俺はイタリアで生まれ育ちながら、有名なその場所を訪れたことは一度もなかったが、外国人がまっさきにいきたがるのは大体そこだ。
 大通りに車を停め、石畳の細い路地を抜けながら、奈々は目に見えるものすべてにきれいきれいと笑顔を向けていた。ほんとうに少女のような女だと思った。
 トレヴィの泉には観光客やカップルが蟻のように群がっていて、あちらこちらでコインを投げこむ姿が見られた。絶対にコインを投げたいという奈々の手をひいて、人波をくぐり抜ける。泉のちょうど目の前に連れてくると、美しい彫刻と噴水を見て奈々が声を上げてはしゃいだ。
「きれいね!カメラ持ってくればよかったわ、とてもきれい!」
「俺もはじめてきたけど、すげぇなぁ」
 奈々は思い出したようにくるりと泉に背を向けて、ジャケットのポケットから硬貨をとり出した。俺は目を疑う。
「奈々、それ……、五円玉だよな?」
「お賽銭といったら五円玉でしょ」
 賽銭ではないと思ったし、まさか五円玉を投げるとは思ってもみなかったが、奈々らしいと思ったのでなにもいわずに奈々の背中に腕をまわした。
「何枚投げる?」
 奈々に聞く。奈々はコインを投げる枚数によって叶う願い事が違うことを知っていたようで、すこし考えたあと、一枚の五円玉を俺に見せた。
「一枚よ」
 三枚投げると恋人と別れられる。二枚投げると愛するひとと離れずにいられる。一枚投げると再びローマに訪れることができる。俺は彼女に、二枚投げるといってほしかった。
「またわたしはここにきたいわ。それに、あのひととは、この泉に頼らなくてもずっといしょにいられるから。それと、お弁当箱、とりにきたっていうのは、うそ。次にイタリアにきたときは、おいしいジェラートを食べさせてちょうだいね」
 奈々はまた少女のように笑って、泉へコインを投げた。彼女はほんとうにずるい。


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