「おんぶは、隼人がいい。隼人がいいわ、隼人じゃなきゃいやよ」
酔いつぶれた姉貴はそう言って床に転がったまま起きようとさえしてくれなかったから、しかたなく俺はその細い体を背中に乗せて十代目の家へさくさくと歩いていた。俺の数メートル前を歩いていた子供連れの十代目はしだいに見えなくなり、ちかちかと古びた電灯が照らす暗い道には俺と姉貴のふたりきり。俺の首に触れる姉貴の頬はとても熱くて、その熱が冷えた体に心地よかった。
「隼人、隼人、わたし、重くないかしら」
「なんだよ今さら。酔いさめたのか?」
「ふふ、あんまり揺れないで。吐いちゃうわ」
「さめてねえのかよ、黙ってろ」
上機嫌の姉貴とふたりきりでいることは久しぶりだった。彼女は何が楽しいのか、さきほどからずっとくすくす笑っている。これだから酔っぱらいはきらいなんだ、でも酔った女っていうのは意外とかわいいものかもしれない。
「隼人、隼人、覚えてる?昔ね、わたしもこんなふうにあなたをおんぶしてあげたのよ」
これでもかと俺の名前を呼ぶ姉貴はまるで母親に甘える子どものようだと思った。
「隼人、こんなに小さかったわ。とても軽かった。おかしいわね、だって今、わたしがおんぶされてるのよ。おかしいわ。あんなに小さかった隼人が、今じゃこんなに大きくなって、わたしをおぶってるのよ」
「黙れよ。近所迷惑だ」
「声もこんなに低くなかったし、腕だってこんなに硬くはなかったし、手のひらだってこんなにごつごつして骨ばってはいなかったわ。隼人はまだまだ大きくなるのかしら。怖いわ、わたし」
自分がどれくらい小さかったとかやわらかかったとか声が高かったとか、そんなことはわからないから、姉貴の話は耳障りでしかなかった。姉貴の中にいる俺は弟らしく姉貴のうしろをついて回って、かわいらしく甘えて、その服の裾を小さな手でひっぱるのだろうけれど、俺としてはもう子どもではないわけなのだ。そろそろ弟離れをしてもらいたい年頃なわけだが、彼女が弟離れできるのは一体いつになるのだろう。思い出に浸りながら俺の首に腕をからめる姉貴が、はあと酒の匂いたっぷりの息を吐いた。
「マジで酒くせえ」
「隼人、隼人が大人になったら、わたしのお婿さんになるって約束、したの覚えてる?」
「してねえし」
「教えてあげるわ、隼人。姉弟は結婚できないのよ」
「あーもーうぜえ!落とすぞ!」
姉貴のさらさらとした手が俺の頬をなで回す。うっとうしいと叫んでみても、彼女はやめてくれない。あれ、彼女の手はこんなに小さかっただろうか。いつだったか、俺が姉貴の身長を追い抜いたとき、合わせた手のひらが俺のほうが大きくなったとき、姉貴はうれしそうに悲しそうに笑ったな。そのとき俺は彼女がなぜそんなふうに笑うのか理解できなかったけれど、今ならわかる。彼女はさみしかったのだ。
「ずっとこんなふうに、一緒に年とっていけたらいいわね」
ほんとうは覚えている。大人になっても姉貴と一緒にいたいな、そう思った子どもの俺は、姉貴を嫁にすると誓ったのだ。大きく首を縦にふる姉貴の姿はたぶんきっと、一生忘れないと思う。