魚が死んだ。
 泣きながら電話をかけてきた喜界島さんがいう魚とは、僕が彼女に贈ったものだった。ホワイトリボンという種類の淡水魚で、名前のとおり、まるで蛇のように細く長いからだをしている魚だった。しゅるしゅると、うつくしく、水槽の中をすきに泳ぐ魚は彼女のようだと思ったのだ。
 動物嫌いの彼女も僕からのプレゼントだからと、無理な笑顔をつくって魚を受けとった。それから2年ほどになるのだろうか、2年も彼女のもとで生き延びたということはきちんと世話をしていたらしい。たまに彼女のマンションにご飯を食べにいくことがあったけれど、ホワイトリボンは大きな水槽のなか、透き通った水のなかをしゅるしゅると泳いでいた。

「埋めてあげなきゃ」
 水槽からとり出した細長くしろいそれを両手のひらで抱く喜界島さんは、まるでロープのようにも見えるホワイトリボンと、泣きつかれたあとのかなしそうな表情も手伝って、これから首をつる自殺志願者のように見えた。
「埋めるって、ここマンションだよ。庭付き一戸建てなら庭に埋めてあげられるけど……。そうだ、近所に神社があったよね、そこにいこう。公園よりはましだ」
 僕はただの死体になったホワイトリボンを彼女の手からそっと抱き上げて、家を出るとき持ってきたガーゼでしろいからだをつつんだ。細やかなうろこの感触がざらりと手のひらに残る。
 マンションを出ると、ちょうど日の暮れかかる時間帯だった。西向きの玄関に淡くあたたかい夕陽があたる。僕は両手でガーゼにくるんだホワイトリボンを抱き、喜界島さんは僕のジャケットのすそをすがるようにつかんで、ずるずると鼻水をすすっていた。
「ごめんね、禊ちゃんが、せっかく、わたしにくれた魚だったのに」
 さかな。この魚に名前はなかったのだろうか。最後の最後まで、飼い主である彼女はホワイトリボンを魚としか呼ばなかった。
「禊ちゃんからもらった、大事な魚だったのに」
 この魚の死をなかったことにしようとは思わなかった。喜界島さんもそれができると知っているのに、それを口にしなかったからだ。
 森に埋もれたような小さな神社の参道のふもとにこっそりと小さな穴を掘り、魚を埋めた。帰り道でも喜界島さんは何度も僕に謝るので、僕は寿命だったろうからしかたない、と無難で気のきかない励ましかたしかできない自分を不甲斐なく思った。
 マンションの部屋へ戻り、また泣き始めた喜界島さんにあついコーヒーを淹れてあげた。からっぽになった水槽のなかでエアーポンプがぽこぽこと小さく音を鳴らしている。


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