一方的に別れを告げてきたのはザンザスのほうだった。
「もうここには来ねぇ」
 なにより驚いたのはその別れ話がセックスの直後だったことだ。そんな、三流ドラマの男女のようなことがまさか自分の身にも起こりうるとは思いもしなかったし、それなりに長い付き合いをしていて、わたしはイタリアに家まで買っていたのだった。もちろんザンザスがそこを訪れるのは月に数日のことだったけれど、それでもそれがわたしたちの恋愛にとって最適なスタイルなのだと思っていた。そう思っていたのはどうやらわたしだけだったらしい。こんなことならいっそヴァリアーの屋敷に居座ればよかった。もうすこし甘えておけばよかった。もう後の祭りだけれど。
 ザンザスの一言にはわたしも一言で返した。わかったわ。ほんとうはいまにも泣き出して、そのからだにすがりついてでも引き止めたかった。けれどわたしはいつものようにセックスのあとの化粧直しをして、玄関から出ていく彼を見送った。もうキスはない。ひらりと上げた右手が、ぞっとするくらい、ぶるぶる震えているのに気がついた。性急にドアを閉めてそのまましゃがみこむ。ううだのわああだのしばらく泣き叫びながら、それでも、日本に帰るまえに隼人の母親のお墓参りをしておかなければと、わたしはどこか冷静に考えていた。

 つらかったのは翌日以降だ。毎夜、泣き疲れて眠る。もうたまらないと思っていた。失恋がこんなにもつらいものだとはいざ自分が経験するまで、考えたこともなかったのだ。数人の恋人と過ごしてきた過去はあるけれど、恋を失ったのははじめてだ。だっていまでもわたしは彼がすきなのだ。ふと目に入るもののひとつひとつ――たとえばふたりで腰掛けたソファーや彼に褒められたハイヒールやふたりで眺めた窓の外にまで――に、最愛の彼を思い返しては泣く。ふたりで歩いた道をひとりで歩くなんて考えるだけでおそろしくて、玄関にさえ近づけなかった。
 夢の中でまで彼の背中を追い、やっと彼の腕にしがみついたわたしに彼は残酷にも笑いかけて髪をなでてくれる。しばらくは夢の中で彼と美しい時間を過ごす。けれども枯れたと思った涙も目が覚めればまたとめどなく頬を濡らすので、ひとりで眠るには広すぎるベッドでからだを丸めてまるでみのむしみたいにシーツにくるまる。そうしてほんとうに一日中、わたしは彼の体温に焦がれて泣いている。
 彼に会いたいとは思わなかった。もうわたしのものではない男の姿など、ただ目にするだけでその事実に耐えきれず死んでしまうと思った。
 早く日本に帰ろう。そうは思うのだけれど荷物をまとめる動作すら億劫で、わたしは日本にいる隼人になんとか電話をして、迎えにきてほしいと伝えた。隼人はなにも聞かなかったけれどきっとわたしの身になにがあったか、わかっているようだった。早めに迎えにいく、とだけいった隼人の声はかなしくなるくらい優しかった。


「ひどい顔だな」
「誰のせいだと思ってるのよ。なにしにきたの、いまさら」
 隼人に連絡をしてから数日が経って、家を訪ねてきたのは隼人ではなくザンザスだった。すっかりみのむしごっこと服や食器で散らかりきった部屋に慣れてしまっていたところだ。ザンザスは合い鍵を処分していなかったらしく、勢いよくドアを開ける音が寝室にまで聞こえた。ベッドでみのむしに徹するわたしに声をかけると自分もベッドに腰掛ける。泣き腫らしたすっぴんの顔を隠すようにわたしはシーツをかぶった。
「おまえの弟から連絡がきた。日本に帰るのか」
 わたしは隼人を恨む。
「帰らないわけにはいかないでしょう、イタリアにいる理由がないもの」
「いつまでいい女気取ってんだ。部屋もキッチンも見たし、いまのおまえの恰好だって、俺は悪かねぇと思ってんだぜ」
 ザンザスがシーツを剥ぎ取って、下着とキャミソール一枚の恰好になったわたしの腰を抱いてわたしを引き寄せた。うしろから抱き起こされて、うそみたいに優しくザンザスがわたしのからだを抱く。背中にあれほど恋い焦がれていた体温をわたしは痛いほどに味わった。意地やくだらないプライドがさらさらと砂のように流れだしていく心地がする。首筋に唇をつけられて、わたしはぎゅっと目を閉じた。
「泣きついてみろよ」
 その声のほうがいまにも泣き出してしまいそうなほどに弱々しい。いまなら泣きついてもいいかもしれない。だけど、そのまえにあんたの顔をよく見せて。


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