夏の限定色と書かれたポップに目をひかれて、はっきりとしたピンク色のマニキュアを買ってしまった。ジュースを一本買うだけのつもりでコンビニに入ったのにいらぬ出費だ。ただでさえ今日は参考書を買うためにとなり町まで出てきたのに、と思ったけれど、なんだかどうしてもこのマニキュアを買わなければならない気がしたのだった。
 がちゃがちゃとした人ごみに流されるようにして駅に向かい、冷房の効いた電車に乗ったところでようやくうまく息ができた。並森に向かう電車はいつだっていい具合に空いているからわたしは並森がすきだ。赤い座席に座って、かばんからコンビニのビニール袋を取り出す。かさかさいわせながらマニキュアを手にとって、わたしはそのはっきりとしたピンク色をうっとりと眺める。今日は金曜日。早めにお風呂を済ませてきっとこれを塗るのだ。向かいの座席に座っている明るい髪をした女の人の、膝に載せている指先をちらりと見る。こぼれる果実のような赤だった。


 いつものように並森中で待ち合わせたあと、わたしは買い物がしたいからといって、あからさまなほど乗り気でない雲雀さんの腕をひっぱって駅前のデパートにいった。昨日、となり町の本屋へ向かう途中に寄った店で見つけたブラウスが気に入っていたので、それを買いたかったのだ。昨日あえて買わなかったのはもちろん雲雀さんに見てほしかったからだった。
「これ、どうですか」
「きみ、こんなすけすけを着るつもり」
 マネキンが着ているブラウスを指さして尋ねる。雲雀さんは眉をよせながらいった。
「ネグリジェじゃあるまいし」
「雲雀さん、このすけすけの中に、きちんとキャミソールを着るんですよ」
 こんなふうに。いいながらマネキンをまた指さす。すけすけの白いブラウスの中に、マネキンは黒いキャミソールを着ていた。
「でもそのキャミソールが透けるんでしょ」
 雲雀さんがそういうので、わたしは結局そのブラウスを買うのをやめた。ふしぎだ。そのブラウスがほしくてほしくてたまらなくて、ほんとうにとてもかわいいと、つい先ほどまでそれを着た自分の姿を思い浮かべてはしあわせな気分になっていたのに。雲雀さんがそれを好ましく思わなかったからだろうか、わたしはすんなりとブラウスを買うのをやめて、店を出た。わたしの数歩あとをついて店を出た雲雀さんは、いまさら、買いたいんじゃなかったのと聞いたりするので、わたしはなんとなく嘘をつく。
「あなたが気に入ってくれなかったから」
 嘘ではなかったかもしれない。けれどわたしはほんとうに、あのすけすけのブラウスに対する興味を一切失ったのだ。
「次はどこにいくの」
 わたしは答える。本屋さんに用事があります。
「ハル、昨日本屋にいったっていってなかった」
「参考書を一冊買い忘れたんです」
 今度はなんとなくではなく、きちんと嘘をつく。すけすけのブラウスを買うために諦めた、日本史の参考書を買わないと。
 雲雀さんはわたしの爪のはっきりとしたピンク色に気づいているのかいないのか、なにもいわなかった。気づいていないのかもしれない。はっきりしていてもピンクはピンクだ。やっぱり真っ赤にすればよかった。


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