俺、結婚するんだわ。
 坂田の口から、湿った息と一緒に発せられた言葉を理解するのに、すこし時間がかかった。めまいがしたのはその言葉のせいなのか、俺のからだのなかで暴れ回る坂田のせいなのか、わからなかったけれどべつに知りたくもない。
「最後だから、もっかいやらして」
 坂田の額ににじんだ汗が顎を伝って俺の頬に落ちた。いとしさから坂田の頬に手を伸ばすと、急につなげた腰の動きを大きなものにされたせいで、俺の手のひらは行き場を失った。振り払われた気がした。ここならいいだろうと坂田の肩をつかんで目を閉じる。けれどもどうしてか坂田は目を開けていろといった。
 俺のからだはエクスタシーを感じることを忘れていた。坂田は気づいていたようだったけれど、楽しそうにセックスの続きに勤しんで、自分がしたいときにだけキスをして、散々に腰を振りたくって俺の中に射精した。射精する瞬間に俺の名前を呼びやがって泣くかと思った。そんなサービスをしてもらったってもうなにもうれしくなんかない。触らせてもくれないくせに。
 俺か?イケるわけねーだろ。
「女にガキできちまってね。ほんとうに俺の子かどうかわかんないんだけど、そうだっていうから認知しないわけにはいかねえだろ。おまえなら俺がいなくても生きていけるけど、ガキにはやっぱり父親がいたほうがいいだろ。もう半年もすれば生まれるって話だから、そしたら土方、抱きにくらいきてやってよ」
 ああ、こいつは、こんなときまでべらべらとよくしゃべる。


 坂田から子どもが生まれたから抱きにこいと、ほんとうに誘いの電話があるとは思わなかった。そこそこ本気で付き合っていたつもりだったけれど、きっと坂田も途中まではそうだったのだろうけれど、どうしてこんなことになってしまったのか。坂田のことを思えば女と結婚して子どもを育てるというのは、とてもいいことのような気がする。だったらなにもいわずに、ひとりの友人として坂田の子どもと奥さんに会いにいけばいい。
 俺が坂田のガキを見にいくから土産を用意しろというと、山崎はなにもいわずに買い物に出かけた。それを見た総悟は一緒にいってあげましょうかと、気味がわるいくらい優しい口調で俺にいった。近藤さんに至っては泣きながら走り去ってしまったので、なんだかいらぬ心配をかけていたのだなと申し訳ない気持ちになる。
 坂田との付き合いを公にしていたわけではなかったが、隠していたつもりもなかった。用事もないのに週に数回屯所に訪れていた坂田がぱったりと姿を見せなくなったのだ。手が空けば坂田と飯を食いにいくから出かけるといっていた俺が、坂田のさの字も口にしなくなったのだ。近藤さんはきっとお妙から奴が所帯を持つことを知らされて、それを隊中に言いふらしたのだろう。おかげさまでここ半年は隊士たちがやけに優しくて気持ちわるいったらない。

 坂田はもう万事屋には住んでいなかった。チャイナ娘も志村の屋敷に移り、各々朝から万事屋に出勤するというかたちになったらしい。坂田が結婚した相手のことはまったく知らなかったが、薄汚い長屋を見て、坂田がほんとうに自分の子どもかわからないといっていたのを思い出した。おそらく坂田によく似合う女なのだろう。その予想が、坂田の部屋に通されてから確かなものになった。
「おお、きたきた。まあ入れや」
 玄関は何人が住んでいるんだと突っ込みたくなるくらいの数の履物で溢れていた。かたづけがへたな女のようだ。部屋の中も同じようなものだった。
「嫁さんは」
「出かけてらァ。あ、泣き出した。ちょっと抱いててくれねえ?茶でも入れるから」
 半年ぶりに坂田の顔を見て話をしても、俺は平気だった。なんにも感じなかったしなんとも思わなかった。ほいっと差し出された、まだ生まれて間もないガキは、俺の腕のなかでふしぎとおとなしくなり、赤ん坊独特の乳のようなにおいが鼻をくすぐった。
 山崎が買ってきてくれた最中をちゃぶ台に置いて、座る場所を探したが床には雑誌やら着物やらが散乱していたので立ったまま赤ん坊を揺する。ぐにぐにとからだをよじるそれがほんとうに生きているのだとはえらく信じがたい。
「そのへん座ってろよ」
「アホか。座る場所がねえよ」
「万事屋でやってたみたいに、雑誌よけて座ってろ」
 かんたんにいうな。じくりと胸が痛んだ気がして俺は赤ん坊の顔を覗き込んだ。赤ん坊は目玉をくりくりとさせながら俺の制服の襟に手を伸ばし、ちいさな爪が黒い布地に食い込む様子が、たまらなく愛らしかった。
「坂田。やっぱり、これ、おまえのガキじゃねえよ」
 こいつのガキがこんなにかわいいわけあるか。愛想の振りまき方を知っているはずあるか。まだ薄いがしっかりとした黒髪を持っているわけがあるか。いまにも泣いてしまいそうな俺の顔を見てふわふわと笑うその顔のどこにだって、坂田の面影を見つけることができない。
「いやいや俺の娘だよ。果ては傾国の美女かってくらいのべっぴんさんだろ。せっかくだから土方くんに嫁にもらってもらおうかね」
 せめてだれかに奪われるなら、器量がよくて気も利いて、きれいずきな女がよかった。赤ん坊を置いて家を空けない女がよかった。旦那に客がくるときはきれいな着物のひとつでも着て、茶を出してくれるような女がよかった。おまえにはそんな女が似合うんだよ。


title/腫瘍
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