ボッスンと付き合っていなかったら、男の子も油取り紙を使うことを知らなかった。ある日の学校帰り、ボッスンの家に寄ったときの話だ。汗をかく季節でもなかったが、下足室の姿見で顔を見たときから、てかりが気になってしかたなかった。ちょおお手洗い借りるわ、コンパクトと油取り紙が入っているポーチを持ってボッスンと部屋を出た。そうしてトイレに入ってから、油取り紙の薄い箱の中身が空になっていたことに気づいて、もうどうしようかと思いながら部屋に戻った。
 ボッスンはめずらしくあたしの表情が浮かないのに気づいたのか、どうしたと聞いてきた。油取り紙がのうなってしもた。ああ、ほれ。ボッスンが棚の引き出しから取り出したのは、黒い色をした小さな薄い箱。メンズのものなのだろう。存在こそ知ってはいたけれど、まさかふつうに使われているものだったとは思いもしなかった。芸能人とかモデルとかの、美意識の高い一部の男が使うものだと思っていたのだ。
「油取り紙、使ってるんや」
「ふつうだろ。体育のあととか、男子みんなでペタペタやってんぞ」
 へえー、と納得したふりをしてあたしは激しい衝撃を受けていた。そうしてまた改めて、ボッスンが男であることを思い知る。油取り紙でなんて、なんだか女々しい気もするけれど。


 高校を卒業してから、あたしは化粧品販売の仕事に就いた。デパートの一階でお客さんに化粧をしてあげてそれを買ってもらうお姉さんだ。ボッスンはコンピューターグラフィックを勉強するのだといって専門学校に進学した。
 高校を卒業して二ヶ月が経つ。ボッスンは自宅から学校に通っていたしあたしも家を出ていなかったので、会う頻度は減ったけれど、それでも週末とあたしの公休日の水曜はなるべく会うようにした。
 社会人になって、恋愛のほかに仕事を覚えると、恋愛のことを忘れてしまいそうになる。ボッスンという人間はほんとうに存在しているのだろうかとぼんやり考えた。あたしの空想の産物だったらどうしよう。今日三人目の接客を終えて、そろそろ休憩に入ろうかとぼんやり腕時計を眺めながら考えた。
「おーい、ヒメコー、おつかれー」
 名前を呼ばれてはっと顔を上げる。デパートの化粧品フロアに似つかわしくない男の声。ファンデーションのにおいがぷんぷん漂う店内にへらへらだらしなく笑うボッスンがいた。
「なんや、今日平日やのに」
「試験前で午前授業なんだよ。油取り紙買いにきたの」
 お願いしまぁす、カウンターに女性用の油取り紙が差し出された。箱にはばらの絵が描いてあるしブランドのものだからボッスンが使うにはいくつかの意味で不釣合いだ。
「四百円やで。百円ショップで買ったらええやん。もったいないで」
 ほかの販売員に聞こえないよう小さな声で彼にいった。ボッスンはいいからいいからといって聞かない。小さな声でぶつぶつ文句をいいながらもレジを打つと、会計を終えた油取り紙をボッスンはあたしに手渡した。
「なんやの」
「なくなりかけてたろ。また泣きべそかかれちゃかなわねえからな」
 けろっといってボッスンは帰っていった。あたしの胸は、ばかばかしいのとうれしいのとで、なんだかぐちゃぐちゃになっていた。


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