すべてのものが金で買える、もちろん愛だって金で買えるとのたまう女のことだから紙幣数枚をちらつかせば、喜んで足を開くのだろうと思った。手軽かつ馬鹿ではない女がよかったので真っ先に彼女の顔が浮かんでいた。彼女が来日していることも、とっているホテルも知っている。
 驚いたことに差し出した紙幣を彼女は受け取らなかった。そればかりか金をくれればビジネスは受けるけれど体まで売ることはまっぴらごめんよと突っぱねられた。愛ゆえに金を贈られることは喜ぶがそこに愛がないのでは不服らしい。どこが手軽か。当ては他にもあると、紙幣を財布に戻したところで、彼女が濡れた声で僕を呼んだ。
 お金はいらないから。
 そう告げられて僕はどう断ればいいのだろうと柄にもなく焦った。金を払わずしてセックスする理由がないのだ。商品としてのからだ、娯楽としてのセックス、それが欲しかっただけである。こんなことになるのならはじめから風俗店に行けばよかった。後悔しながら彼女にふり返ると、すでに整えられたベッドに腰かけて、瞳を揺らしながら僕を誘っていた。身につけているものを自分で脱ぐ気すらないらしい。僕は小さく舌打ちをした。金を払わないかわりに笑うのもやめた。
「骸ちゃんだいすき」
 セックスをしながらM・Mは何度もいった。僕が彼女の胸に顔を埋めてその体内に押し入ったときには涙を流して、すき、といった。シルクのシーツはさらさらと心地よくて、むき出した足がほどよくつめたい。M・Mの肌はそれと同じくらいつめたかったけれど、太ももの内側と腹だけが熱かった。
 もう何年も昔、同じように彼女とセックスをしたことがある。誰もいない廃墟でぼろぼろの長いすをベッドにして僕と彼女はセックスをした。そのときも確か金は払わなかった。別件で仕事を依頼して多額の金を払っていたあとだったので払った気になっていたから僕は特別なにを感じるわけでもなく、若さにまかせて勢いだけで彼女を抱いた記憶がある。
 それから今日までの間、彼女は何人の男に抱かれたのだろう。ほんとうに彼女は僕がすきなのだろうか。大体恋愛感情なんて気持ち悪い、おぞましい、そんなものになんの意味がある。
 僕は彼女の言葉に一度も応えないままセックスを終えた。M・Mは最後まで泣いていた。


「なにか飲みますか」
「終わってから優しくしないで。なんか癪だわ」
「そうですか」
 M・Mはベッドにあおむけのまま煙草を吸っている。もう涙は乾いているようだった。下着も身につけないままベッドから下りる僕をけらけらと笑っている。
 ピロートークなどする雰囲気でもないので僕は冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出す。笑わないと決めてからの僕はほんとうに愛想のかけらもなかったように思う。けれども彼女は、どこかうれしそうにしていた。
「骸ちゃん、だいすきなんて嘘。だいきらい。だから呪ってやるわ」
 愛されるよりはましだと思った。誰も傷つかないで済むから。


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