俺はくわえていた煙草を足元に落とした。最後の煙を吐き出すと目の前にもやが広がったようだった。ひどく不自然だ。煙草を指の間にはさんでいないとき自分の口から吐き出される煙はどうしてか嘘みたいだと思った。

 一緒に暮らさない?
 話があるからと呼び出されたのは十代目の家の近所にある公園だった。俺が見つけたとき、姉貴は小さなブランコに腰かけて、遊具に収まるには成長しすぎた体を縮めながら泣きそうな顔をして俺を待っていた。きちんとゴーグルを装着している。にじんだ涙のせいなのか、うっすらとレンズが曇っていた。
「間違えたわ。同じ家に住まない?」
 俺は空いている隣のブランコに腰かけた。さびた鉄のにおいがする。へんに潔癖の気があるくせに、姉貴は赤くさびたブランコの鎖にすがるように握り締めている。彼女の足元に目をやるとなんと裸足だった。
「十代目と喧嘩でもしたのかよ。迷惑ばっかかけやがって。いつまでガキのつもりでいやがる」
 彼女は今年いくつになるのだったか。俺が二十歳になったから、と考えている途中で、またビアンキが口を開く。
「答えてちょうだい。同じ家に住まない?」
「なにいってんだ」
「わたしがアパートを借りるわ。そこに隼人も住むの。部屋だって分けるから、ルームシェアだと思えばいいわ。家賃も光熱費も食費もわたしが持つから」
 抑揚のない声で彼女は続ける。そもそも誰もが家族と暮らすべきなのよ、けれどあなたとわたしは家族であって家族でないから一緒に暮らすまえに一緒に住んでみるの。そのうち一緒に生活できるようになる。人は慣れることができるのだから。
「落ち着いて考えろ。沢田家の寄生虫にいまさら自立した生活が送れるとでも思ってんのか。姉貴があの家を出るときは、十代目との新居に引っ越すときだ」
 どうせ十代目とまた喧嘩をしたのだ。喧嘩というよりきっと彼女の一方的なヒステリーか被害妄想に過ぎないのに、十代目はお優しいから、いつも自分が悪かったといって俺に謝る。もちろんビアンキ本人にはじめに謝って、それから当然のように俺に謝るのだ。俺は知っている。十代目はいつだってなにひとつ悪いことなどしていないということを。姉貴が泣くのは十代目にかまってほしいからなのだ。
「だって、ツナが、京子とハルはガキどもの面倒をきちんとみるから、ガキどもはしあわせだっていうんだもの。リボーンも一緒になっていうのよ。いい母親になるって。わたしも見習えって。そうしていろんなこと考えてたら、わたし、隼人になんにも姉らしいことできてないって気づいたの」
 泣きじゃくり始めた彼女の頭を引っぱたこうかと振り上げた右手を寸でのところで止めて、行き場をなくした手で煙草を取り出した。十代目は一体こんな女のどこがいいのだろう。
「だから、あの家を出てきたのよ。ね、隼人、一緒に暮らさない?あ、間違えた。一緒に住まない?家族、やり直しましょう」
 くわえた煙草には火をつけないまま、ブランコを降りて姉貴の手をとった。彼女が首をかしげる。家族をやり直しましょう、だなんて。やり直している真っ最中だと思っていたのは俺だけだったのか、つくづく世話のやける女だ。
「帰るぞ」
「どこに。隼人のマンション?泊めてくれるの」
 もうなにも答えなかった。立ち上がらせたものの彼女が裸足だったことを思い出してどうしようかと考えていたら、公園のむこうから聞き慣れた声が聞こえた。どんどん近づいてくる彼の手には、見覚えのある赤いパンプスがぶら下がっている。俺が先月プレゼントした、妊婦用のフラットシューズ。


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