この絵は、写真は、面白い。

特に靴が飛んでいる写真は、ブランコで靴を蹴り投げた時のような喜々とした快感が感じられる。

ティッシュ箱がぽつんと青の中に存在している写真は、無風の海の上に舟が浮いているようにも見えて、空間の広さが安心感を生んでいるようだ。

連続的に並んだ水の粒は一見、生き物の様にも見える。


この不思議な感情の連鎖は、恋だ。

私の胸をずっと昔の、もう思い出したくもない、苦い記憶が、貫いた。

嫌な写真だ。
不愉快な絵だ。





私には、死ぬ瞬間の人間に恋をするという性癖があった。

ある夏の、小雨が降っていた夜に、彼女を殺した感覚は今でも鮮明に覚えている。


長い道を傘も差さずに歩いていた私は、水滴を滴らせながら彼女の家へと到着した。

この時、私はまだ彼女に恋をしてはいない。

他の女性よりも少し気になってしまう程度の、ただの友人であった。

けれども、私はこの時から自覚していた。

生きている時ではなく、死んだ後でもなく、彼女に包丁を突き刺してから完全に息絶えるまでのその間を、私は求めているのだと。


インターホンを押しながら口角を上げる。右手で持っていた包丁を強く握れば、雨で自分の手と包丁が同化したような気がして、私は胸が高鳴っていくのを感じた。


鍵の外れる音が脳髄をつく。
同化した包丁の代わりに心臓を握っているかのように明確に、心拍数が上がっていくのが分かる。

ノブを捻る音がする。

ドアに隙間が広がる。

彼女の手が、縁を掴んだ。


瞬間、私は隙間から彼女の手首を鷲掴み、勢いのまま引きずり出した。

顔を見れば、困惑と驚愕とが混ざり合ったような表情をしていたものだから、ますます包丁を握る手にも力が入る。

私は彼女の恐怖へと変わっていく顔を観賞しながら、雨の滴る包丁を突き刺した。

彼女は蛙を潰した時のような声を出して、折れた。


ああああ、これだこれだこれだ、これだ!


私は重くなった彼女を強く抱き締めて、歓喜の声を上げた。





そして今、此処にいる。

冷たい床の上、膝を立てて座りながら、私は窓の無い部屋の中にいた。


代わりに掛けられているかのような写真を見つめて、私は空に恋をする。






10.08.**






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