突然のことだった。 一瞬の間に視界が何かに埋め尽くされ、すぐさまそれが上から徐々に消えていく光景に私は襲われた。 それからの私の行動は早かった。 頭を弾かれたかのように我に帰り、握っていたレバーを思い切り前ひと引いて足を踏ん張る。 そして急停止しようとする重力と鉄の擦れる音に耐えながら、私は空間が大きく揺れるのを、確かに感じた。 スピードが激減して、三、四メートル程緩く前進した後、ようやく外の景色が停止する。 私は自分の瞼が上へ上へと上がっていく状態に違和感を覚えながら、だらりとレバーから手を離した。 今までにない程目を見開いているにも関わらず、身体は一気に力が抜けていく。 背もたれに全体重を任せ、私は肺の空気を全て外へと吐き出した。 恐らく一分にも満たないだろう時間が、この時の私にはその何十倍もの長さに感じられた。 気にもしていなかった乗客達の話し声が、今では耳を塞ぎたい程に騒々しい。 雑音の合間に混入してくる発車合図のベルが、私の思考を反対車線へと引っ張った。 ゆっくりと上半身を起こし、後ろをちらりと見てから、私はドアノブを捻り、重い扉を開ける。 全員が、私を見た。 私の立つホームから、反対側のホームから、車線に駆け下りた人から、車両に乗っている人からの視線が私の全身を貫いていくような痛苦。 もう動かないはずの男だけが、私を感謝の目で見ているような気がした。 その時、私は恐怖した。 その場から微動だにしないまま、男を凝視して、ただただ恐怖を感受していた。 驚愕した表情で走ってくる同輩を視界の端で捕らえつつも、彼が言っている言葉は耳に入って来ない。 彼は私を数回揺すった後、諦めたのかそのまま倒れた男の方へと走って行った。 私はそれを、目だけで追う。 男の前で止まる。 腰を下ろす。 他人と目を合わせる。 男に手を延ばす。 首筋に指を置く。 首を振った。 白い手袋が血液色に染まっていく光景は、私の恐怖を明確にさせるのには十分過ぎた。 私が恐ろしいと思うのは、とうとう自分が男を引いてしまう前を思い出すことだ。 10.08.** |