空気を巻き込んでいく。 水が張り付いてくる感触を肌で受けながら、僕は緩やかに瞼を上げた。 微振動を繰り返す気泡が視界を埋め尽くす中で、僕だけがただ静かに降下していく。 対に、気泡は早々と上昇していって、あっという間に見えなくなってしまった。 降下、降下。 ひたすら、降下。 ここはどのくらいの深さまであるのだろう、と思ったところで、僕はようやく自分が天を向いて浮いていることに気が付いた。 さわりゆらりとたゆたう天井を眺めながら、僕の意志とは無関係に、身体はまだまだ降下していく。 視界の端がうっすらと暗くなってきた所で、突然、僕の背中に何かが通過した。 ぞわりと鳥肌が身体中に発生して、僕は勢い良く後ろを振り返った、ら。 「やあ、お帰り」 自分の部屋の中に、いた。 電気がついていない、カーテンも閉め切った暗い空間。 僕の後ろに木の扉。 彼の前に光の漏れるパーソナルコンピューター。 音とも耳鳴りともとれる不愉快な振動が、僕の脳髄を引いた。 それからは誰も喋らない。部屋にはマウスを押す音だけが反響している。 僕は立ったまま彼の背中を見つめ、彼は座った状態で画面を凝視しながらひたすらマウスを押している。 何をしているのかは分からない。 インターネットだろうか。 ゲームだろうか。 僕には分からない、分からなかった。 目を閉じる。 消滅。 次に目を開けた時、僕は言葉の中にいた。 人の形を保っていないまま、古い羊皮紙の上に押し付けられ、ただ視線の矢を全身で感じていた。 所々掠れている自分を、視線の主は右手でさらりと撫でる。 細く滑らかさがあるその指は、僕から離れた後、寂しそうに僕を閉じた。 暗転。 「やあ、お帰り」 既視感。 ぱちり、と目を開ければ、先程よりもリアリティのある自分の部屋が視界に入り込んできた。 電気はついていない、カーテンは全開になった昼時のような空間。 僕の後ろに木の扉。 誰もいない椅子の前には、電源の落ちたパーソナルコンピューター。 僕は徐にそれに近づき、電源ボタンを押した。 画面を直視しながら椅子に座り、マウスを握る。 その直後、感嘆。 眼球にダムを映らせながら、自分は架空になったのだと、僕はようやく理解した。 10.08.** |