個性とは、複数の別の個性が混ざり合って構成されるものである。

真正面に貼られていた広告が、眼球越しにそう言った。


微かに揺れている車両の中で、彼は本を読んでいた。

私が広告から目線を外したすぐ後に、彼がどかりと隣に座ってきたのはつい半刻ほど前のことだ。

車両に乗っているのは、彼と私だけだった。



五つほど駅を過ぎた所で、彼は静かに本を閉じた。

私は無意識に隣の彼の本へと目線を移す。

本の表紙。

題名は彼の手に隠れて認識出来ないが、変わりに抽象的な絵が私の視界に飛び込んでくる。

見たことのある、絵だと思った。

そのまま目線は降下。

履きすぎてくたびれたローファーが、私の足を締め付けたように感じた、瞬間のことだった。



「はい」



一言、低い声が耳に響いてきて、私は初めて彼と視線が合致した。

微笑した表情の下では、先程見た本が私に差し出されている。

抽象画と目線が合って、私はおもむろに本を受け取った。

単行本サイズの、何処にでも売っているような本だった。


ぐん、と横に引っ張られる感覚がして、私はしばらくしてから駅についたのだと気付いた。

すぐさま車内を見渡したけれど、彼は何処にもいなかった。

私も自分の鞄を持って電車を降りる。

単行本を片手に鞄を開ければ、あの抽象画が印刷された一冊の本が、横になって私を睨んでいた。






10.11.06






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